梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

2つの希望と賽の河原。

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ふと立ち止まると,往々にしてろくでもない思考ばかりが脳内を巡る。

忙しさとは鎮痛剤,タスクとは人参である。外的要因は,時間軸の上を滞りなく進むための潤滑油である。ふとした拍子にこれらが欠乏したとき,窓の外はたちまち地獄絵図となる。

 

ふと,指導教員に「フクロウ君は忙しいくらいが丁度いい」と言われたことを思い出す。特に深い意図は無かったのだろうが,随分と俺のことを良く分かっているな,と思うと同時に,全くもって俺の事を分かっていないな,とも思った。確かに自分のパフォーマンスは,一定程度のタスクが常に目の前に存在していることにより保たれる。自分で自分に人参をぶら下げることなど,お手の物である。学習塾の世話になったことは無いし,何においても自己完結し,自己満足できる自信がある。人様の役に立つことができるのは,こういうフェーズの自分だろうし,こういう状態が続けば精神的にも安定するだろう。

だが,それだけでは,自分は自分ではなくなってしまう。立ち止まり,失った物を記憶の箪笥から取り出して来て,ろくでもないことばかりを考え込み,諸行無常に抗おうと藻掻き苦しみ,血の滲むまで己の腕に爪を立て,哀しみ,途方に暮れ,絶望に浸り,それでもまた哀しい事に立ち上がる。それでこその自分なのである。これを失ったら,精神的には死んだも同然である。表面的な「忙しさ」は,自分を殺しかねない脅威なのである。

写真趣味は,もしかするともう,敵になってしまったのかもしれない。渇望を満たすための一つの手段だったはずなのに。

ずっと,表現者でありたかった筈である。内なる何かを形にして吐き出していない限り死んでしまう。内なる何かは,精神的に生きていなければ生まれない。日常に追われず,立ち止まらなければならない。しかしPCを開けば,未着手の写真が山積みである。これは楽しい趣味でもなく,表現の材料でもない。強迫観念に満ちたタスクである。

自分はいったい,何がしたかったのだろうか。「島」や「灯台」で,何がしたかったのだろうか。人生で,何がしたかったのだろうか。

 

10分ほど指を止めて沈思していたら,ふっと答えが下りて来たような気がする。

自分のことを,心の底から褒めてやりたい,それだけなのかもしれない。

 

自己肯定感という言葉への不思議な感覚がある。巷でよく用いられるようになった時から,「自己肯定感が低い」という事の意味合いがずっとピンと来ていなかったのだが,どうやら「自分を信用していること」と「自分を肯定すること」は全くの別物であるらしい。そのことに気付いたのは,意外にもつい1~2年前のことだった。「自分には出来て当たり前」と思うのは,自己肯定感が高い訳ではなく,むしろその正反対なのだろう。

出来て当たり前,出来なければ腹立たしく悔しいだけ,他者の評価は二の次。そんな性分が,生きるにあたって苦労をしない肩書や技能を自分にもたらしたのかもしれない。しかしその大きさと重さは(自分にとっては何の苦でもないのだが)確かな足枷となっているし,何よりこの性分こそが,自分の人生の幸福を大きく損なう最大の原因のようにも思える。自己完結はできるが,いつだって自分に85点しかあげることのできない人間なのである。何をしようと,自己採点で100点など与えられる筈がない。

人には愛されたい,振り向いてほしい,認められたい。それでも,どれだけその願望を叶えた所で,自分は自分にとって永久に85点以下の人間なのである。この絶望に支配されながら,それでもいつかは100点を取れる日が来るのではないかという,僅かで浅はかな希望を捨てられずにいる。

 

自分にはもう一つ,大きな絶望がある。

5歳だったか,或いはもう少し大きくなった頃だったか。ベッドで眠ろうとしたら,急に「死」が怖くなった。自分の死,そしてそれよりも先に訪れるであろう両親の死が怖くて悲しくて,急にパニックのように涙が溢れだし,ワアワアと叫びながらリビングの両親のもとに駆け戻った。そのことを話している時に見た,明らかに低い視点からの景色の記憶が,同時期のすべての記憶の中で異様なほど鮮明なのだ。親は泰然とした態度で「そんなこと考える日が来たか」といった感じの事を言っていたと思う。

その場は泣き止んで,落ち着いてから眠りに就いたのだろう。しかしあの日を境に,自分の中に恐怖が充満しはじめた。怖い夢を沢山見た。誰も居ないはずの洗面所の扉がひとりでに動いたような気がした。夜中に意味のない言葉を発しながら,近くの街道を練り歩いてくる狂気じみた大人の集団のイメージが何故か脳内に構築された。消防車の「カン,カン」というサイレンの音が聞こえるたびに背筋が凍った。それまでは,こんな感覚ではなかったように思う。猫のぬいぐるみを背負って散歩に出掛け,鳩を追い掛け回したり,砂場で「土木工事」に耽ったり,上水のコイを眺めたり,秋には銀杏の葉を集めて花束を作ったり。嘗ての暖かくて穏やかな安寧の日々は,あの一夜を境に,恐怖に支配されてしまった。

今もなお,あの夜よりも前に帰りたい。悲しみや恐怖の無い,安寧の日に戻りたい。当然ながら,実際には帰ることは出来ない。

しかし,安寧の日の抽象的な映像を,無意識的に夕方に重ねてしまう。夕刻の橙色に包まれている時間だけは,恐怖に対して穏やかな感情が勝るような気がするのだ。いつか夕方のその向こうへ,安寧の時へと帰れるのではないか,時間軸を遡上できるのではないかという御伽話のような希望を,今もまだ捨てきれていないのである。

 

絶望に支配されている事実から目を背け,希望にも蓋をして,憂鬱に時間を蝕まれぬような術を身に着けた。しかし,どうしても消し去ることの出来ない2つの希望がふとした瞬間に頭を擡げると,たちまち絶望の全景までもが想起されてしまい,堅牢だったはずの足場は即座に叩き壊されてしまう。どれだけ足場が丁寧に順調に積み上げられていったとしても,一からやり直しになってしまうのだ。

まるで一人二役の賽の河原のような人生である。

 

 

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