梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

或る宿にて。

僕は今、日本海に程近い或る旅館でこの文章をしたためている。
今日を終えてみれば全て当初の計画通りだったが、想像の何倍も苦しい道中だった。強い向かい風に押し戻されるし、雹のような雪に頬を打たれもした。地元では「気○い空」と言うそうだが、青空のみならず陽光まで注いでいるのに雪が降りつけた。雨ではなく雪だったのが不幸中の幸いだが、撮影の設定という意味でも、また心の在り方としても、激しく揺さぶられた一日だった。午前中はやはり気管支の不調を引きずっていたからか、足が思うように前に出ず、長い行程を前にして早々と心が折れそうになったが、途中から吹っ切れた。「自転車歩行者道」とはいえどもこんな場所を徒歩で通る馬鹿は居るまい、というような道をひたすらに歩き続け、ついでに日没後には彼のお馴染みのトンネル駅を50分ほどかけて撮影し、果たして今日は何km歩いたのだろうか、調べるのも楽しみであるが、そんな事より今夜は今日の事をもう少し具体的に、意味として振り返りたいと思っていた。そのときに言葉が出やすいように、暫くツイートも控えていた。しかしいざ今夜を迎えてみると、当然のように時間と体力が不足していた。一度気を失い、つい先程ようやく小さなBluetoothキーボードを接続した所である。

今日訪れたのは、いつか必ず探訪しようと予てより決めていた場所の一つである。大袈裟に、かつ自分に正直に書くとすれば、死ぬまでに一度は訪れようと決めていた場所、である。羽越本線沿線の、我が心の故郷とは異なり、この一帯は鉄道の車窓としては(そしてもちろん高速道路の車窓としても)堪能する事が許されない。現代においては深い深い隧道が山を穿つ区間で、かつての道は地滑りに苦しめられた、重い歴史の残る場所である。海岸線の国道を車で走破しつつ集落を探訪する方が遙かに効率的だと解っていながら、そうではなく、己の身体と記憶に、この土地の事を刻み込みたかったから、当然のように徒歩を選択した。
今日の行程の中では、駅の周辺以外に集落が無かった。建物は比較的更新されていて、心象風景となるような風景には出会わなかった(明日はどうなることやら、であるが)。常に海岸線を歩いてはいたが、波打ち際に下りたのは2回ほどしかなったため、海景としても、心に酷く訴えかけてくる物には出会わなかったかもしれない。しかしNの集落では、改めてその断崖の恐ろしさと街の悲運を目の当たりにし、僕が此処にどうして来なければならなかったのか、その翳の輪郭の一部分を再認識できたような気がした。ただ「旅」を繰り返しているのではなく、何かを悼みながら、自分の中の何かに給餌しているのである。しかし孤独の古傷を弄る為だけにこのような行為に及んだ訳でも決してない。その「何か」の正体は相当に醜いものなのかもしれないが、自分でもまだ全貌を掴みきれずにいる。

明日はN駅に戻ってから、先人の手垢にまみれてしまったあの漁港を通り、そのまま西へ、行けるところまで歩く予定だ。刹那的な心への栄養のみでない何かを果たして得られるだろうか。さらにもう一つ、遠い昔に寝台車の廊下から眺めた未明の日本海を、今度はガラスを挟むことなく肉眼で眺めるという、形として決まった目的も、起床直後に身体が元気であれば達成したいと思っている。

さて、急いで歯を磨き、6時間の睡眠で、苛めた身体を快復させてやろうと思う。

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