梟の島 -叙情的叙景詩-

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肘折温泉(3):三浦屋旅館で過ごす夜と朝。

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白い朝。 2021.11.29 三浦屋旅館

 


11月28日(日)。出張の前々日に出発。村山駅前を駆け足で回り,新庄へ。アーケード商店街「新庄一番街」,旧楯岡銀行新庄支店,あけぼの町飲食店街などを歩いた。40分ほど車を走らせ,夕刻の肘折温泉に到着した。

▼その1はこちらから。

anachro-fukurou.hatenablog.com

日没を過ぎ,三浦屋旅館に投宿した。

 

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建物横の狭い駐車スペースに車を停めようと苦戦していたところ,主人が出て来て,少し離れた屋根付きのガレージを案内してくださった。しきりに荷物を持とうとしてくださったのを断るも,車内にスマホを忘れたことに途中で気付き,結局はお言葉に甘えたのだった。

 

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風呂は1階の階段のすぐ下である。玄関先で主人から女将さんにバトンタッチ,2階の客室に案内された(厳密に言えば,客室に案内していただいたのは街の散策の前である)。

 

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階段を上る。

 

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洗面所と冷蔵庫。

 

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2階は合計4室ほどが使われているようだ。

 

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通されたのは,最も奥の2部屋だった。

 

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隣の部屋には既に先客が居るようで,大相撲のTV中継の音が漏れ聞こえていた。そういえば今日が九州場所の千秋楽だった。今場所はついに1日も見ないうちに終わってしまった。NASCAR,野球,相撲が終わり,いよいよ1年が終わろうとしている。

 

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5分ほどかけて,部屋の写真を丁寧に撮影。荷物を整理し,夕飯前に風呂へと降りた。

 

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湯温はかなり高く,体感では44℃くらいあるように感じた。しばらく水で埋め,貸切状態で1日の疲れを癒した。時折,外の道を通る車のヘッドライトが見えた。

あがった後も温かさの続くお湯だった。

 

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部屋に戻り,いよいよ夕食。なめこ汁,鮎の塩焼きをはじめ,どれも大変美味しかった。ボリュームがとても多く,終盤は瓶ビールを流し込むのに苦しむほどだった。特に芋煮の腹持ちは恐ろしい。

しばらく浴衣の紐を解いて休息。写真を整理したりして,ぼんやりと過ごした。つまみを食べるのも酒を飲むのも無理なほど,胃がパンパンに満たされていた。

翌日の計画を大して見直す訳でもなく,いつもよりも早めに就眠。2部屋を用意してはもらったのだが,ストーブが勿体ないので,結局は蒲団を道路側の部屋に動かして眠りに就いた。

 

翌朝は6時頃,外から聞こえる人の声で目が覚めた。

 

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女将さんが前日に案内してくださっていた通り,朝市が始まるようだ。

 

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アプリで見ると,気温は0℃。そして廊下の温度計も0℃を示していた。朝は得意ではないのだが,折角なので街を歩くことにした。

朝の散策の撮影分は次の記事に回そう。

 

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館内を撮る。

 

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RC造の新館のほうは,現在は使っていない様子だった。

 

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中庭。

 

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旧館は明治期の建築。

 

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朝食はシンプルだが,それがいい。美味しかった。

 

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贅沢なもので,朝も風呂をいただいた。面倒臭がりなので朝風呂はさほど好きではないのだが,この日は特に気持ちが良かった。

 

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出発前に1階で女将さんと暫く談笑した。

昔は2階建だったが,あとから3階を載せたとのことだった。消防法に触れるので3階は客室に出来ず,物置のようになっているらしい。2階の平面図を見ても上りの階段は見当たらないのだが,階段室のあたりに「秘密の階段」があるという(おそらくこの写真の左か右に見えているところだろう)。

3階を載せ,屋根の勾配が変わったことで,雪の落ち方が変わったという。それまではある程度積もるたびに落ちていたものが,一気にドサッと落ちるようになったらしい。雪下ろしの雪が道行く人に当たりかけたり,落雪が車に当たって大変な損害額となったりしたこともあったのだという。客足が減ることもあり,冬は金銭的に非常に大変なものだということが窺い知れた。

煉炭を使っていた時代は,木材はすべて真っ黒に煤けて,掃除がとにかく大変だったらしい。1箇所を集中的にゴシゴシと擦ってしまうと,ムラができて却って汚く見えるので,全体を一様に,すーっと拭くように心がけていたという。単に古いだけではなく,そこに確かな時間と手間の積層が感じられるからこそ,柱梁の光沢には深みが生まれるのかもしれないと思った。

かつて自家源泉を持っていた旅館は7軒ほどで,それ以外のところは個々にやりくりをしていたという。旅館同士の契約のようなものがあった,ということだろう。組合が出来てから,形態は変わったとのことだった。

一口に肘折温泉といっても,何号泉かによってその泉質は異なる。三浦屋旅館の客用の風呂は1号泉,奥の家庭風呂に引かれているのは3号泉だという。熱い湯が苦手でのぼせやすいという女将さんは,しばらく1号泉には入ったことがなかったらしいが,流石に自分の旅館の湯を知らないのはまずいということで勉強のために入ったと言っていた。1号のほうが,熱の持続感が3号よりも長く感じられるという。傷の治りも早く感じたと言っていた。

湯治客は今でも受け入れているようだ。昔は歩けなくなり(いざって)這うようにしてきた客や,松葉杖をついてやって来た客が少なくなかったという。そして滞在・療養の後,ピンピンとして帰ってゆくので,忘れ物の杖ばかりが溜まっていったと,女将さんは笑いながら昔を懐かしんでいた。

 

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お喋り好きの女将さんは,大変楽しげにお話を聞かせてくれた。他にも何か話題はあったかもしれない。暫くすると,常連客とおぼしき70代くらいの女性が外から戻って来た。自分もそろそろ予定の時刻だ。常連さんと入れ替わるようにして部屋の荷物を取りに戻り,宿を後にした。

 

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あまりにも名残惜しかったので,最後に街をぐるりと巡った。

 

その4へ続く。

 

 

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