梟の島

梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

成田散策(3):表参道と袋小路と新勝寺。

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新勝寺表参道。 2021.06.23 千葉県成田市

 


6月23日(水)。八街市内での仕事のついでに,成田の街を散策。駅東口出てすぐの新新道,新道通りとその周辺の路地を撮影してきた。

▼その1はこちらから。

anachro-fukurou.hatenablog.com

新道通りは新勝寺へのショートカットとしても機能しており,緩やかな坂道を登ると程なくして表参道に合流する。合流地点付近の表参道は白い石畳が敷かれた小綺麗な道で,建物も良く整備されていて立派なのだが,あまりレンズを向けたいと思うような雰囲気ではなかった。すたすたと歩いてゆくと,緩やかに右にカーブする下り坂が見えて来た。ここから先がいよいよ表参道の街の中心部である。

 

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20km/h制限の一方通行。参道は急激に坂を下ってゆく。

 

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カーブの内側。先程までの石畳のエリアとは打って変わって,鄙びた雰囲気の建物が姿を現す。

 

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商店が並ぶ。

 

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西側の街並みの奥の方に,持ち送りのある近代建築が見えたのだが,ついにファサードが見つからなかった。

 

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西日に穏やかに染まる。

 

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コロナ禍の平日の夕暮れ時ということで,人は殆ど居ない。

 

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実のところ現地に行くまで,このあたりは所謂「映え」系の雰囲気になっているのかと思い込んでいたため,いい意味で裏切られた。

 

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道幅が広すぎないのが美しさの秘訣か。

 

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そしてこの高低差が,景色に立体感を与える。

 

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3層のうなぎ屋・川豊の建物「川豊本店店舗」は登録有形文化財明治44年に2層として建てられ,大正15年の旅館開業に合わせて増築されたという。綺麗な窓ガラスが現代風な雰囲気を醸し出しているが,立派な木造3層の文化財建築である。

 

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隣にも鰻屋

 

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S字のカーブ。

 

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扉には梅屋別館と記されている。かつてはこの写真の背後側,別館の斜向かいに,木造3層の旅館梅屋が建っていたのだが,2019年頃に解体されてしまったらしい。検索すると泊まった方のブログがヒットするのだが,実に惜しい物を失ってしまった,という感想しかない。跡地では工事が行われており,どうやら新築の旅館が建つのだとか。それならどうにか頑張って価値ある建物を残してくれ…と,たとえそこにどんな事情があろうとも,その専門職の立場である以上,そう思わずにはいられない。

 

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寺子屋 成田遊膳の建物。鼠漆喰の重厚感。

 

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その脇には細い路地があった。

 

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左手が旅館梅屋のあった場所,奥に見えるのが大野屋旅館である。

 

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大野屋旅館の側面に回ることのできる,道ともつかぬ道へ。

 

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奥行方向の長さに驚かされる。

 

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大野屋の脇を抜けるこの道は,いったい何処に続いてゆくのか…。

 

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路地は小さな森へと入ってゆく。すると突然,ゴウンゴウンとけたたましい音が鳴り響き,聴覚を奪われる。新勝寺の暮六つの鐘が鳴ったのだ。

 

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向こう側の森が微かに蠢き,夕風が吹き抜ける。このまま神隠しにでも遭うのかというような,不思議な時間,不思議な空間だった。

 

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袋小路の先には古びた住宅。道はよく手入れされているので,住宅はどうやら現役のようだ。錯覚かもしれないが,テレビかラジオの音がうっすらと聞こえたような気がした。

 

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別にやましい訳でもなく,何かに追われている訳でもないのだが,袋小路は来た道以外の逃げ道が無いので少し不安になる。

 

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沈む夕刻。

 

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さて,いよいよ辺りが少しずつ暗くなってきたので,表参道に戻ろう。

 

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大野屋旅館。塔屋の載る木造3層旅館のシルエットが,夕空に映える。

 

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一粒丸三橋薬局の店蔵(登録有形文化財)の前を過ぎれば,まもなく新勝寺である。

 

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詰組がぎっしりと乗った,威圧感のある総門。2008年建立の新しい建造物である。早速その威容に飲み込まれる。

 

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一つ一つの石燈籠もかなりの大きさなのだが,総門のせいでスケール感が狂ってしまった。

 

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国指定重文の仁王門を背面から見る。

階段を上ると視界が開ける。

 

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三重塔,一切経蔵,鐘楼。

 

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成田らしさ。

 

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三重塔は,1712年に建立された国指定重文である。

 

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ただでさえ絢爛な意匠の三重塔に,艶やかな夕陽が彩りを上乗せする。

  

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北に外れた低い夕陽が,6月ならではの角度から,朱色の塔を紅く照らしてくれた。

  

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大本堂は1968年の建立。これもまた異常な規模の仏堂である。点景として人を置いてみた。

 

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釈迦堂は1858年の建立,3代目の本堂という。現在の大本堂が完成するまでの110年間を支えて来た国指定重文である。

 

さて,成田散策の最終編は,境内に展開される易断所と土産物店の街を紹介しよう。

その4(新勝寺境内の易断所と土産物店街)に続く。

 

 

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