梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

大牟田散策(1):早鐘眼鏡橋と三池炭鉱宮原坑。

煉瓦壁 2022.07.31 宮原坑

 


7月31日(日),長崎出張の前々日。その前夜(30日発)のサンライズで東京を発った。お馴染みのBソロ上段で,車窓の横須賀線E235系に時代の移ろいを感じながら,ハイボールのロング缶とコアラのマーチを楽しむ。

旅立ちはいつもどこか寂しい。夜行列車はかれこれ50泊以上経験しているが、それでもやはりどこか心細い。無事には帰れないかもしれないと毎度思いながら、ゆっくりと後ろへ流れてゆく橙と白の明かりを感傷的な心持で眺める。自分にとって旅とは、どれだけ繰り返しても「一大事」なのだと,改めて感じるのであった。

しかし楽しさも束の間,ラウンジが異様に煩い。良い年した中年グループが「大騒ぎ」であった。今回の個室がラウンジのすぐ近くだったので,流石に我慢がならない。23時を過ぎてなお騒音は続いたので,やむを得ず車掌室へ。ちらっと見るとマスクもせずに我が物顔でラウンジの全席を独占していた。最低な客も居るものだとうんざりであった。24時には静寂が訪れ,何とか無事に就眠する事が出来た。

途中,名古屋で目が覚める。愛知県内で一度目が覚めるのも,もはや定石のようである。

 

鮮烈な橙色の朝焼けに目が覚めると,加古川付近を走行中だった。

 

車窓に流れてゆく日の出を拝む。個室内で聴こえるのは,冷房の作動音とジョイント音のみ。この非日常の幕開けこそが醍醐味であり,これ無くして真の旅は始まらない。

その後も列車は無事に定刻で走行。岡山に到着し,山陽新幹線で博多へ。岡山では晴れていたが,福岡に入って眠りから覚めると予報通りの曇天だった。

 

異郷を感じる列車たちをホームで撮影。長崎出張なのでハウステンボスに乗るべきなのだが…

乗車したのは811系。陸路で一路,大牟田へ。

車窓を観察すると,九州に居る実感がじわじわと湧いてくる。この序章も重要な行程である。

しかし811系の窓ガラスが黒いのが玉に瑕である。車窓の色が正しく見えないことが,鉄道旅行の魅力を大きく損なっている。鉄道車両は旅行のためのものではないのだと一蹴されればそれまでだが,それでも一般客にとってもカーテンは必要なものだと思うのだが。

 

10時に大牟田に到着。駅前でレンタサイクルを調達し,まずは宮原坑へと向かった。

 

南国感のある駅前。

 

可愛らしいたばこ店。

 

鄙びた街角にココイチの看板,2km以上先である。

 

レリーフの美しさ。

 

見慣れないブロック。

 

道中まず一つ目の目的地として,1674年に建造されたアーチ橋,早鐘眼鏡橋にやって来た。案内板も小さく,とても地味ではあるのだが,何とこれが国内最古の石造水路橋の遺構であり,国指定重文である。

 

ここからは三池炭鉱専用鉄道の廃線跡に沿って進む。

 

遺構。

 

野生に還るマルフク。

 

茅葺屋根を鉄板葺きに替えた住宅もあった。

 

石垣が特徴的。

 

宮原坑(みやはらではなく,みやのはら)が見えてきた。そう,工事中なのだ。

 

商店。

 

車一台がぎりぎり通れる跨線橋で,専用軌道を渡る。

 

嘗て炭鉱に勤めていたというガイドの方に説明を受ける。客は中高年の男性と,カップルと,私の計4人。

宮原坑は,坑内排水を解決するために開鑿された坑口である。導入されたデビーポンプが現在跡形もなく行方不明だという説明には驚いた。

最も目立つ構造物は第二竪坑櫓(1901)である。

 

 

デビーポンプ室の壁,一面のみが残る。

 

第二竪坑櫓の中を垣間見る。

 

第二竪坑巻揚機室は工事中。上手く手配しておけば仕事関係者として入らせて貰えたかもしれないのだが,まあ良い。

 

また工事後に,見に来よう。

 

トロッコと煉瓦壁。

 

北側には水路の跡が残る。

 

工事中ということもあり,見所・撮り所は限られていたが,何だか長居してしまった。

 

その2に続く。

 

 

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