梟の島

梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

斎川宿・越河宿・貝田宿,奥州街道の旧宿場町を歩く。

f:id:anachro-fukurou:20210706194222j:plain

宿場町の名残。 2021.06.17 旧越河宿

 


6月17日(木)。前日は福島県内を散策。磐越東線大越駅の南側の名も無き商店街,磐城常葉駅前,船引町,三春町,郡山の夜の街を散策。出張調査の当日朝は郡山の市街地を歩き,調査の間の移動時間では村田町の重伝建を歩いた。

▼村田町の記事はこちらから。 

anachro-fukurou.hatenablog.com

14時半頃に二件目の仕事を終え,この日のタスクは終了。福島へと車を回送するのだが,高速ではなく下道を利用し,その道中で,斎川・越河・貝田・藤田・桑折の旧宿場町を巡る。まずこの記事では,斎川宿,越河宿,貝田宿を紹介してゆこう。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194332j:plain

国道4号線を外れて旧道に入り,斎川宿の北側の斎川踏切を渡る。ちょうど貨物列車が通過していった。前日からここまで,ずっと雨か曇りだったのだが,ここにきてようやく太陽が顔を出した。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194148j:plain

斎川宿。ほぼ現代の建物に更新されていて,往時の面影はない。真っ直ぐに伸びた幅の広い道にのみ,宿場町の気配を感じることができる。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194155j:plain

検断屋敷。嘗ての「大動脈」の宿場町であることを現代に伝える貴重な遺構であるが,塀と門はすっかり荒廃してしまっていた。右手に見える石塔には,明治天皇御休息所と記されていた。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194201j:plain

塀の横から屋敷を覗き込む。金属板葺きの屋根は,特に傷んだ様子は見られなかった。しかし,丁寧に管理されているという感じではない。宿場の中でも特に立派な屋敷だったように見受けられるので,勿体なく感じてしまう。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194206j:plain

鉄道駅が作られなかった宿場町の宿命を象徴しているかのようで,心持ちは複雑であった。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194211j:plain

白石駅へ向かう市営バスが通過していった。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194216j:plain

緩やかな坂。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194337j:plain

目を留める者は居なくなってしまった看板たち。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194343j:plain

宿場町の南端にて。忙しないが,斎川を後にして越河へと向かう。

 

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194349j:plain

越河宿。宮城県の南端の宿場町である。越河駅からは南に外れた場所に位置する。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194354j:plain

下見板の家。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194359j:plain

石造の蔵も健在。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194227j:plain

越河は宮城県,次の貝田宿は福島県。県境に位置する越河峠(国見峠)は,かつて東北本線の難所であった。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194405j:plain

兜造りの大きな住宅。壁も屋根も金属板葺になっている。かつては茅葺屋根だったのだろうか。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194410j:plain

水路のある町。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194426j:plain

初夏の陽射。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194232j:plain

はっきり言ってしまえば,被写体となるような「もの」は殆ど存在しないのだが,そんな越河の町がどういう訳か,この日の自分にはとても強烈に刺さった。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194415j:plain

昨日から続いた曇天下の撮影から解放され,青空と太陽光の恩恵にあずかれたこと。綿密に計算された旅程の中に,旅情を感じられる「隙」が存在していたこと。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194421j:plain

束の間の自由な散策は,まさに「旅」であり,今の自分が求めているものだったのかもしれない。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194237j:plain

町の端から,道を振り返る。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194242j:plain

この蔵を最後に撮り,貝田へと向かった。

 

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194247j:plain

越河からものの数分の運転で,貝田宿に到着。案内標識を視認することなく,宮城県白石市から福島県国見町へ,県境を越えた。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194251j:plain

案内板。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194431j:plain

入母屋屋根の立派な住宅。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194256j:plain

空は青く,緑は鮮やか。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194301j:plain

「御婚礼家具」もすっかり過去の文化である。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194306j:plain

貝田宿は峠の山裾に存在している。南を見ると,阿武隈川沿いの平野を見下ろすことができた。ここがまさに峠へ入口のであり,県境である様子が良く見て取れる。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194312j:plain

長閑な午後。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194317j:plain

国道4号線に下りる坂道。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194322j:plain

火の見櫓が,町を見守る。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194327j:plain

たばこと宅急便。

 

f:id:anachro-fukurou:20210706194436j:plain

縦板壁の小屋。 

 

奥州街道の宿場町,宮城・福島県境編はこれにて終了である。この先は藤田・桑折の街を歩く。

国見町藤田,旧宿場町の街並みに続く。

 

 

▼関連記事はこちらから。

 

▼ 宜しければクリックのご協力をお願い致します。

にほんブログ村 写真ブログへ

にほんブログ村 写真ブログへにほんブログ村 鉄道ブログへにほんブログ村 写真ブログ 建物・街写真へ