蜷川家具店。 2021.11.11 佐原
11月11日(木)。先週の酒田出張に続き,今週は鹿島の現地確認である。集合前に1時間ほど佐原を散策する。駅から県道55号線を南東に歩き,横川岸商店街を撮影した。
▼その1はこちらから。
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さて,銀座通りは中央商店街(忠敬通り)に突き当たる。ここからが佐原の中心街,重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)である。
MUROOKAの看板。
旧千葉銀行佐原支店(県指定文化財,1929)。
中央商店街を西に進むと,明治期と思しき建物が並ぶ。
3兄弟,店舗として現役のものもある。
今度は千葉銀行の東へ。
左が福新呉服店(県指定文化財,明治期)。その隣が小堀屋本店(県指定文化財,1900)。
右は正文堂書店店舗(県指定,1880)。
佐原の重伝建を代表する一角である。
角の建物は,先日Twitterで相互フォローの方のツイートがバズっていたが,2018年に竣工した新築ほやほやのビルである。重伝建内に木造以外で洋風建築を新築するという,極めて珍しい事例である。
その向かいに建つのは,中村屋商店(県指定文化財,1855)。
小野川沿いにも重伝建が続く。今日は時間に限りがあるので川岸通りは割愛し,忠敬通り沿いを歩く。
忠敬橋を渡り,振り返る。千葉商船ビルは,街に違和感なく溶け込んでいる。こういう発想の都市計画をあらゆる場所でしてくれたら,どれだけ素敵な事だろうか。
暫くはこの調子で街が続く。
中村屋乾物店(県指定文化財,1892)。
文化財指定はない明治期の建物もゴロゴロと残っている。
多くは雑貨店などとして現役の店舗である。
工事中の三菱館の前を通り過ぎ,さらに東へ歩く。道の南側には,地味な看板建築の兄弟が建っている。
白い朝陽が降り注ぐ。
2階の大開口,やはり美しいな…。
ここで折り返し,駅の方へと戻ってゆく。
飯田清治郎商店。
理容室。
サクマ薬局(1933)。角の生えた看板建築である。
三菱館方面に,先程はスルーした看板建築がある。
素敵な横顔…。
蜷川家具店(1933)。佐原を,いや千葉を代表する看板建築の一つであるといって良いだろう。
重伝建内にて,威容を誇る。
こちらは素顔屋という店として現役で営業中だという。まだ9時前なので,辺りは静かだ。
忠敬橋を渡り,銀座通りから真っ直ぐ南に伸びる樋小路を少しだけ覗いた。
佐原は2014年に一度来ているので,7年ぶり。良く晴れた,冬の穏やかな一日だった。
円城寺本店。
車が居なければ…。。
横宿通りと中央商店街の交差点。
横宿通りを北上。
横川岸商店街を通り,ここから先は銀座通りの未踏区間を北上。オーラを感じる建物があった。
巨大なファサード。意匠的なルールはあるものの,窓の仕様はかなりまちまちで魅力的である。こういう事なのである。全部同じではいけないし,てんでばらばらでもいけない。重要なのはこの「揺らぎ」なのだ。
花の宅配便。
鄙びた街角。
奥にはスナックと中華料理店。時間があれば,この道と,銀座通りの東側を並走する路地を歩きたかったのだが…これは次回の鹿島出張の際に必ず寄ろうと思う。
銀座通りはそのまま下堀通りと名を変えるようだ。外科病院があった。
その隣には,巨大な口を開けたソシアルビル。
佐原駅前通りへ。
眩しい朝。
あまり目立たないが,看板建築である。
PLAZA DE ARCOS.
駅前の一角。
佐原駅に到着。流石にこの街を1時間で巡るのは無理があったが,不思議と記憶に残る時間だった。
鹿島線に乗ったのは,2010年9月の18きっぷ消費旅行以来,11年ぶりであった。E131系の窓を開け,風を浴びながら広い景色を眺めた。
鹿島の現地確認は無事に終了。
帰路にて。面白い絵が撮れたと,すぐ後ろに居た社長に見せたら,思い切りキョトンとされた。
Twitter感覚で人にプロダクトを見せるのは金輪際やめようと心に誓った。あそこで自分の周りに集うのは(無論,自分を含め)奇人ばかりなのだと,肝に銘じよう。
とは言ってみたものの,工業と夕景を絡めた絵は,一般的にも理解されるべき美しさを有しているものだとは思うのだが(ターナーが頭をよぎった)。何にせよ,この感性を理解して下さる皆様には感謝しかない。
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