梟の島

梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

羽越・磐西撮影旅行(15):笹川流れを去り,一路喜多方へ。

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断崖視点。2020.01.12 笹川流れ

 

「最終列車」の撮影(その14)の後は,ヨメ氏を崖下りで先行させている間に数枚のスナップショットを撮影した。

 

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粟島の近くの空のみが,淡い橙色に染まっていた。

 

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浜釣りの人々を眼下に見る。

 

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いよいよ夜の帳が下りようとしていたので,第一俯瞰の急斜面をすいすいと下る。無事に人間世界へと帰ってくることが出来た。

 

ここからは,この一帯への離別を惜しみつつの,夜道のドライブ。昨日とは異なり空は淡々と青く,そして黒く暮れていった。帰路はバルブ撮影をすることもなく,ひたすら南下。なかなか交通量は多い。ヨメ氏のナビに従い,7号線ではなく海際の113号線を通り,高速から下道に流れてきた大型トラックの後を追うように走りながら目指したのは,新潟駅に比較的近い所にある風呂屋。といっても到着してみると,大繁盛のスーパー銭湯であった。これまでに訪れた全ての温泉施設や銭湯を上回る混雑にただただ驚く。滞在時間も短かったうえ,湯温が低く,あまり満足ではなかったが,リフレッシュにはなっただろう。再び車に乗り,ここからは運転を交代してナビを担当する。駅近くのガソリンスタンドでの給油を試みるも,駅レンで渡された紙に示された4つのガソリンスタンドのうち2つはこの時間には営業していないということで,残る二択のうち近い方を目指したが,なんとこちらはこちらで第二日曜休業ということに到着してから気付く。残る一つは駅の正反対側。ナビは比較的容易だが,いよいよ時間が厳しくなってきた。どうにか営業中の唯一の選択肢である駅南西側のガソリンスタンドにヨメ氏が右折で車を突っ込むと,そこは出口側。何とかぐるっと車を回して停めて,給油中に荷仕度,給油後はすんなり返却手続きが済んだお陰で,辛うじて5分強の時間が残った。駅前の給油にここまでてこずるとは夢にも思わなかった。店仕舞いを始めつつある駅ビルで美味しそうなおにぎりと地ビールを調達して,やたらと広い構内を早足で移動,新潟2007発,磐越西線会津若松行242Dはキハ110の5連。ボックスの空席を確保し,ひと息ついたとき,列車はディーゼルエンジンの唸り声とともにターミナル駅から滑り出していった。何とも忙しない時間だったが,こうしてとりあえず全てのミッションは無事にこなすことができたのだった。

信越本線,新潟から新津の区間を乗るのはとんでもなく久々で,もはや記憶を遡れないほどである。車の中で地図とにらめっこしたせいで久々に車酔いになり,暫くは不快感に襲われていたが,ビールをちびちび飲みつつ,新津に着く頃には何とか快復し,晩御飯にありつくことができた。おにぎりは素朴で一つ一つは小ぶりに見えるのだが,案外ボリュームは十分で,いずれも美味。その後も残っていたつまみなどをちまちまと食べながら,2日間の旅程に思いを馳せつつ,ゆっくりとした時間を過ごす。最後の1時間ほどは完全に眠りに落ちてしまった。22時34分,人の気配のない喜多方駅にて下車すると,キハの5連はそそくさと終着の若松へ向けて走り去っていった。

駅前は完全に静まり返っていて,もし1人だったら多少の恐怖を感じるほどである。日本海側とは異なる,「キン」という擬態語を充てたくなるような空気の冷たさ。今宵の我々の終着点である駅徒歩5分ほどのビジネスホテルは,建物こそ古いが,内装の雰囲気は良く,オーナーの気配りを感じる。一度荷物を部屋に置いてから歩いてローソンへ。ヨメ氏がくじを引くとチョコが当たった(交換は帰京後にした)。この旅行中3回目のくじで3回すべて当たっている。赤の点滅信号をきっちりと守る車に感心し,宿に戻り,翌朝に向けて支度を済ませ,前々日の新潟のホテルよりはスプリングが柔らかくて快適なベッドで,2日目の疲れを癒した。

 

その16へ続く。

 

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