梟の島

梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

羽越・磐西撮影旅行(6):嵐の後,夕暮れ時の海と雲とキハ40。

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嵐の後,主役が来る。2020.01.11 羽越本線 今川~桑川
 

  ■828D:笹川海水浴場,嵐の去りし後。

その5より。本日残すは828Dと829Dの2本。これらを,今川~越後寒川の俯瞰撮影地と,今川駅付近の側面構図で仕留める,予定だった。しかし三面川橋梁からの北上中,雨足はひたすら強まるばかりで,ついには車のワイパーを最速で動かしても前方が見えづらいほどの豪雨となった。これでは俯瞰ポイントまでの斜面も歩けたものではない。この雨が過ぎ去ることを祈っていると,笹川流れまで北上した頃,幸いにも雨足が弱まった。撮影地は,今川~桑川の定番スポット,笹川海水浴場の俯瞰に急遽変更。こういった咄嗟の対応にあたって,経験と下準備の量が物を言う。以前訪れた際のアクセスに関する記憶は薄れてしまったが,津波避難用の階段が数年前に整備されて楽なルートになったという情報があったので,これを頼りにアプローチを試みる。登り口が見つからずに集落の中でうろうろしていると,まさしく登り口付近にお住まいのおばあさんが,神社の右後ろにある階段を教えてくれた。地方の高齢化を事あるごとに目の当たりにすることにもなり複雑な思いはするのだが,旅先のこうした出会いは本当に毎度ありがたいものである。

整備されたルートは,コンクリートの法面に何とか作られた,人が辛うじてすれ違える程度の狭い階段。まだ工事途中のようで,鉄パイプ等による簡便な手摺を頼りながらひたすら登ってゆくと,雨後という悪条件下にも関わらず,駐車スペースから10分弱で頂上に到達できた。舗装道とはこうも歩きやすいものなのかと,改めてその利便性を強く感じさせられた。

さて,雨はどうやら止んだようだ。開けた視界,目に見える殆どの範囲の空はまだ黒に近い灰色だが,強風に千切られた雲は立体的で美しく,西の水平線近くの空は淡い橙色,その下の粟島の輪郭は明瞭で,さらにその下に広がる日本海は「日本海グリーン」。視界全体が,何とも言えない絶妙な色彩を有している。ノーマークだった特急いなほの後追いはカメラの準備が間に合わずに「見鉄」。しかしこういった撮影地では,練習列車はもはや必要ではなく,先人のアングルを参考にし,車両の長さを予想すればよい。しかもその作例も,撮影地に到着した後にスマホで検索すればよい,そんな時代である。そんな時代に,キハ40を撮る。改めて考えてみれば不思議というか不自然というか,「最初で最後の美味しいとこ取り」なのかもしれないと思う。

そんなキハは定刻で,我々に目もくれず,嵐の後を軽快に駆け抜けていった。

 

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笹川の夕べ。2020.01.11 羽越本線 今川~桑川

 

  ■829D:今川,黒い海と黒い空。
さて,笹川の俯瞰スポットへのアクセスが舗装道であることを生かして,次の列車までのタイトな時間内で移動を試みる。これこそが,アングルと記憶のバリエーションを追求する,遠征ならではの挑戦的な撮影スタイルだ。10分未満で車に戻り北上すること4分ほどで,今川駅北のサイド構図への入口付近のキャンプ場に到着。偵察のためにヨメ氏に先立って斜面を登り,畑のあぜ道を歩いてゆくと,西に向けて視界が開けた。場所はここで正解だ。空にはいよいよ宵闇が迫りつつある。黒雲が分厚いが,辛うじて太陽の気配を残している。時刻は16時45分すぎ,日没まで10分を切っているので,撮影としては限界の時刻といっても良いだろう。遮断機の警報が鳴り,暫くすると列車が現れ,左から右へ,背後に345号線の車も数台引き連れて,濃紺の日本海を背にして滑らかに走っていった。

 

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それに合わせ,いくつかのアングルを拾うようにパンしながら撮影。

 

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最後は隧道に消えてゆく2つの尾灯に1回,手を振って見送った。

 

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最後の1枚は完全に光量不足だったが,幸いにも流し撮りが成功していたのだった。初日の撮影は,こうして波乱万丈の中,あっという間に終わっていった。

 

その7へ続く。

 

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