梟の島

梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

羽越・磐西撮影旅行(7):黒い海と心象風景の乖離,熟考の末に。

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濃紺,積層。2020.01.11 羽越本線 今川駅付近

 

829Dの撮影( その6)の後は,日没前後の日本海と西の空を眺めた。愛すべきこの表情豊かな海は,肉眼は勿論,ファインダー越しに見るのにも大変良いものである。雰囲気はさながらTALISKERの外箱だ。

 

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強風により吹きちぎられた濃灰色の雲が幾重にも重なる。ところどころ破けた雲の穴の向こうに,橙の空が見え隠れする。

 

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陽光を反映し,鈍く光る水面。

 

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冬の夕暮れ,今川の海。

 

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一秒たりとも同じ空はない。上空で吹き荒ぶ強風によって,ほんの一瞬で形が変わる。

 

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20分ほど経った。いよいよ海は黒く,重く,沈んでゆこうとしている。

曇天の日本海を,窓ガラスを挟むことなく眺めるのはいつ以来か。4年半前,485系T18編成に別れの挨拶をしに,笹川流れに来た時だ。とてつもなく長い月日が経っている。その間にも,何度も何度も日本海が見たいと思い,そんなツイートも幾つもした。これだけ渇望していたものにようやく相対することができ,そしてその海は色彩的にも質感的にも,また今日という日に付与された文脈的にも,まさに自分が求めていた姿で,さらに新たな魅力すら見せてくれた。

  

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にも拘わらず,自分の心は,以前のような反応を示さなかった。今日の海は白く儚く荒々しい印象ではなく,重厚で落ち着き払った濃緑色を呈しており,かつ気温も高かったので,知覚の対象物や今日一日の経験そのものは,たしかに心に痛々しいまでに訴えかけてくる類のものとは少し違ったかもしれない。しかしそれ以上に,プライベートの充実が,こういう所を鈍化させている,言ってみれば「副作用」のようなものが生じているように感じてしまった。

何とも皮肉で,贅沢な悩みなのだろう。昨秋にも「鬱成分不足」を感じた。それが証拠に,音楽活動からも久しく遠ざかっている。一連のことは全て,己の基盤となる部分―生活そのもの,人生そのもの―の安定感の向上に起因すると結論づけてよい筈だ。もしかするとこれこそが,自分が全く望んでいない(正直な表現をするならば全力で拒絶してきた),「大人になる」という事なのではないか。決して両立することのない2つの充足,その二兎を無意識に求めてしまっていたのかもしれないことに気付かされ,何とも形容しがたい複雑な感情に襲われる。

 

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大人になりたくない。それはあくまで「感性」の話である。体育館の床に擦り付け,薄皮が剥がれた皮膚のような痛みを,その防御力の低い,剥き出しの心に持ちながら,世界と触れ合っていたい。あらゆる入力情報に対して敏感で,多少過剰なまでも反応できる状態でありたい。そして同じような感覚を持つ人や,少しでもその機微を理解できる人間がいるとするのならば,遠くても近くても構わないから,その明暗を共有していたい。いや,さらに丁寧に言うのであれば,共有できる人の存在を保証されていたい。こういった部分でマイノリティである自覚が強い分,その不安と失望感,孤独感の向こう側の安心感が欲しいのだろう。

どうしてこんなにも,自分の中の何か(その多くは結局「感性」というものに強く関連付けられているのだろうが)が不可逆的に変容することを拒絶したいのか。もはや「どうして」という問いに答えが出る次元の思考ではないのか。

しかしここで裏を返せば,巨視的に見れば不可逆的であることなど,実際は重々理解している訳だ。その中で,そのプロセス(すなわち人生と換言してもよい)をいかにして最善の物にしてゆくか。その時々で出来ること,やりたいこと,そのタイミングでしか出来ないこと(その理由は時に自分自身の境遇であったり,時に対象物の寿命であったり)を如何にして実行してゆくか。自分の後ろに出来てゆく道を,如何に鮮やかで満ち足りたものにすることができるか。これが大人の感性になりたくない自分に許された唯一の生き方,自分の「スタイル」そのものであり,これこそが人生の「主題」なのだ。旅に出る理由も,写真を撮る理由も,すべて説明できる。つまるところ,こういう人間であり,こういった人生なのだ。

常に「別れ」を意識しているということと,このスタイル自体がマイノリティであることは,確かに負の面を持ち合わせているだろうが,自分自身はこの「スタイル」に対して誇りを持っている。昔はよく「ネガティブ」と表現されることもあったし,自分でもそうだと思ってはいたが,どうやらこれはあまり的確ではないようだ。「アクティブでポジティブな後ろ向き」とでも言おうか。あまり理解されそうにない乗算だが,もしもこれに共鳴できる人がいるのであれば,それは自分の中の「孤独感の向こう側の安心感」に繋がる事なので,とても嬉しい事である。時折自分が使う「未だ見ぬ友」という言葉は,そういった人々を示している。「梟の島」を開設したのは,未だ見ぬ友への発信活動のためでもあるのだから。

久々に,深い思考のきっかけを与えてくれた。やはり日本海という存在は,いつでも自分の「先生」であり,「鏡」である。これからの人生にも,きっと重要なタイミングで,幾度となく登場してくれることだろう。

 

名残惜しさと共に,自分の心への問いかけが未だ十分に終わっていない感があったのだが,今川の海を後にして,進路を北に取り,一路あつみ温泉方面へと移動を開始した。 

 

その8へ続く。

 

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