梟の島

梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

羽越・磐西撮影旅行(9):立岩&脇川,822Dから始まる朝。

f:id:anachro-fukurou:20200210192747j:plain

立岩の朝。2020.01.12 羽越本線 五十川~あつみ温泉

 

2日目の朝は比較的のんびり起床,ではなく,折角なので朝風呂を頂く計画。深夜に男湯と女湯が入れ替わっているので,ヨメ氏は露天へ,自分は3階の内湯へ。相変わらずの寝相の悪さゆえ寝起きに身体が冷えしまっていたので,暖を取れたのは良かった。部屋に戻って支度を済ませ,大きな荷物を予め車に積み込み,朝食のバイキング会場へと移動。会場はちょうど7時にオープンしたばかりだったが,既に数人の先客がいた。品数も大変多く,山形らしい芋煮や米沢牛などのメニューもあり,楽しく充実した朝食であった。我々の後からも大変多くの宿泊客がやってきて,特に子連れ層の多さにも驚かされる。どうやらここは大変成功している,あつみ温泉の看板旅館の一つなのだろう。

f:id:anachro-fukurou:20200210192559j:plain

基本的に地方都市の衰退が顕著な現代社会において,こうして地方の宿泊先が賑わっている場面に出会えると,都心の人混みにいるときとは正反対で,安心し,嬉しくなるものだ。時間は案外タイトだったので,食べ終えてすぐに身支度を整え,恐らく全宿泊者の中で最も早く宿を後にした。

まず向かうは822Dの撮影。宿から最も近い,五十川~あつみ温泉の立岩バックの撮影地を目指すと,車移動は10分足らずで目的地付近に到着。ここは3年半前,T18の惜別撮影に選んだスポットでもあるのだが,今回は朝の4連の撮影だ。比較的最近探訪した場所にもかかわらず,旧暮坪トンネル手前で左方向に逸れて坂を登ってゆく道に誘われるように迷い込んでしまい,かなり進んでから過ちに気付いて引き返し,結果的に走る羽目に。本命通過の直前に,正解のスポットに何とか到着。ヨメ氏のカメラの設定を終えたと同時に列車がやってきた。

 

f:id:anachro-fukurou:20200210192709j:plain

 

何かを感じる時間もないまま撮影が中途半端に終わってしまい,些か心残りではあった。とはいえどうにか,写真は(傷はあるものの)物には出来た,だろうか。

 

f:id:anachro-fukurou:20200210191637j:plain

 

落ち込んだり考え込んだりする時間はない。間髪入れずにリスタート。この822Dがあつみ温泉で16分間の停車をしている間に南下して追い越し,越後寒川~今川,脇川付近のサイド構図で再び迎え撃つ作戦だ。もはや勝手知ったるドライブなので,先回りは問題なし。最後の数メートルの藪登りも,ヨメ氏が正解ルートを発見したことで難なく成功。十分に余裕を持って撮影に臨み,期せずして降り注いだ柔らかい陽光が冬景色を有機的な色彩に染めてくれる中,青,赤,青,青の4連は滑るように小さな橋梁を通過していった。

 

f:id:anachro-fukurou:20200210192754j:plain

f:id:anachro-fukurou:20200210192800j:plain

1枚目はk-5,2枚目はk-3。2020.01.12 羽越本線 越後寒川~今川

 
次なる撮影に向けて藪を下ると,ちょうどそこに地元のおじいさんが1人。挨拶をして,二言三言の会話をして立ち去ろうとした時,ふとおじいさんが藪と反対側の畑を見て「あらー!」と驚いた様子。何かと思いその目線の先を見遣ると,イノシシにより畝の土が悉くほじくり返され,その周辺に残る作物が食い荒らされていた。都会育ちの我々にはこれがイノシシの痕跡であるというそもそもの知識が無いので,おじいさんが居なければきっと見逃してしまっていただろう。大きな土竜の穴のような無数の土の小山は乾いており,どうやら朝方の雨の後に作られたもののようだ。すなわち,我々とタッチの差で,彼もしくは彼女(あるいは複数なのか)は此処で活動していたことになる。この一帯では「熊出没注意」の看板を良く見掛けるが,イノシシもこんなに身近なものなのか。その生活を肌で感じ,身震いがした。この先の人生で,生きた野生の彼らに出遭わないことを祈りつつ,海際に停めた車へと戻ったのだった。

 

その10へ続く。

 

▼旅程1日目はこちらから。 

にほんブログ村 写真ブログへにほんブログ村 鉄道ブログへにほんブログ村 写真ブログ 建物・街写真へ