梟の島

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古い「もの」を求めて。

羽越・磐西撮影旅行(17):降雪の中,野沢・安座川橋梁を渡るキハ40。

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(降雪の中。2020.01.13 磐越西線 野沢~上野尻

 

1本目の動画撮影を終えると,2本目までは1時間ほどの余裕がある。まずは国道のオーバークロスから野沢駅側に戻った所にある林の中の踏切(橋屋踏切と呼ぶらしい)の偵察にゆく。歩いていると,雨は霙に変わり始めた。踏切に至る道は両側を深い森(といっても実際は大した面積でもないので,「林」が相応しいかもしれない)に閉ざされ,人里から遠く離れたように錯覚し,不安と孤独感に襲われる。冬とはいえ,動物との遭遇を回避すべく,大声を出しながら歩いてゆくと,踏切は冬期閉鎖中であった。そして撮影方向は障害物が多く,撮影アングルが全くモノにならないことを確認したため,踵を返してそそくさと人間世界へ戻る。

そして向かうは,オーバークロスから少し上野尻側に移動したところにある安座川(「あんざがわ」「あざがわ」という2つの読みが現地でも混在していた)橋梁。国道に掛かる橋梁から鉄道橋を撮るサイド構図と,橋を渡る列車をアウトカーブから狙う正面がちの構図,両方の立ち位置と画角を確認して,近くの家の軒先で雨宿りならぬ「雪宿り」をする。さすがに積もる程ではなさそうだが,降雪量はだいぶ増えてきた。224D通過の15分ほど前に再び動き始め,サイド構図を準備する。依然として降雪は続き,列車通過時にもファインダー越しに雪を見ながらの撮影となった。

 

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列車は想像以上に軽快に,ファインダー内を滑るように通過していった。

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野沢駅で交換するため,224Dと223Dの撮影間隔はわずか5分ほどである。サイド構図からすぐに着く正面構図で捉える。ジョイント音が近付いてくる。ヘッドライトが見えた。どうやら編成は赤のようだ。しかし,降雪が増えすぎた。

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降り過ぎだ…!

被写体が十分には写らない。さらに,こういった場合は咄嗟の置きピンすら難しく,やや手前の雪にピントが合ったために前ピンを連発してしまうという想定外の展開に。

 

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引き付けてからの撮影は,どうにか形になってくれた。

 

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とりあえず,撮影は楽しかったし,暖冬とはいえ冬の磐越西線の雰囲気を少しばかり感じられたので良かったのだが,プロダクトで100点を取れなかったのは悔やまれる。

 

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羽越・磐西撮影旅行(16):小雨降る野沢の朝。

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(冬の旅。 2020.01.13 磐越西線 野沢駅

 

旅程も早いもので3日目,最終日である。5時半すぎにチェックアウトし,大荷物はフロントに預けて,朝一の下り221Dに乗り込もう。あたりは真っ暗で,人は殆ど見当たらない。まあ,月曜祝日の朝の一番列車で喜多方から西に向かう人間など居る筈もない。駅員は我々の為だけの構内放送できちんと列車の案内をしてくれた。

暗闇を切り裂いてやってきたのはキハ110の5連。昨晩お世話になった編成である。「よお,またあんたらか!」という声こそ聞こえないが,心の中では「野沢までよろしく」と呟き,乗車。車中で過ごす時間は30分強,早々に朝食のパンを平らげて,体力を蓄えた。

小雨の降る野沢駅には0619着。我々の乗る221Dが着くと,対岸の孤島のような3番ホームから,只見線車両の220Dが会津若松に向けてちょうど発車する。ヘッドライトがあっては撮影不能と読み,後追いを狙う。ぎりぎりで何枚か撮影できたが,編成最後尾は残念ながらラッピング車だった。

 

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そして,少し休憩のように停車を続けているキハ110の5連を撮影。小雨に濡れた歩廊に尾灯や側灯が反射して赤く光り,艶があって美しい。

 

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110は国鉄からJRへの「過渡期」の車両といえる。考えてみれば1990年生まれ,自分と同世代なのだ。そのデザインにはまだ昭和の有機的な香りが残り,その肌の質感からも重さを感じられる。写し甲斐のある部類に入れてあげてもよい車両であり,特に側面の切り取り構図などでは親近感を抱きながら撮影できた。これらも近い将来,銀色のハイブリッド車両に置換されるのは間違いない。わざわざ撮りに来ることがないと考えれば,こういった機会の撮影というのもいつしか貴重な記録になるのだろう。

 

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野沢駅からは,国道のオーバークロスへ向けて,未明の集落の細い道をひたすら歩く。こういった遠征先での徒歩鉄らしい時間というのは実に久々なもので,少しタイムスリップしたような感覚になった。撮影地までの所要時間は20分,列車通過までは25分弱と比較的タイトな時間ではあるが,小雨の中を淡々と歩いてゆく。野沢駅から歩き始めた時,まだ空は濃紺色だったが,撮影地に着く頃にはだいぶ白んできていた。しかし,日の出が6時55分,対して列車の通過は6時45分頃。空は分厚い雲に覆われており,列車を撮影するにはまだ光が足りない。仕方がないので三脚を立て,1本目の222Dはムービー撮影とした。k-3にはムービー機能がないので、k-5にて撮影。しかしやはり暗すぎた。そして降り続く小雨も相俟って,ノイズの多い映像になってしまったのは残念であったが,未明の空気感は辛うじて捉えることができた。

 

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羽越・磐西撮影旅行(15):笹川流れを去り,一路喜多方へ。

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(断崖視点。2020.01.12 笹川流れ

 

「最終列車」の撮影後は,ヨメ氏を崖下りで先行させている間に数枚のスナップショットを撮影した。

 

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粟島の近くの空のみが,淡い橙色に染まっていた。

 

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浜釣りの人々を眼下に見る。

 

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いよいよ夜の帳が下りようとしていたので,第一俯瞰の急斜面をすいすいと下る。無事に人間世界へと帰ってくることが出来た。

 

ここからは,この一帯への離別を惜しみつつの,夜道のドライブ。昨日とは異なり空は淡々と青く,そして黒く暮れていった。帰路はバルブ撮影をすることもなく,ひたすら南下。なかなか交通量は多い。ヨメ氏のナビに従い,7号線ではなく海際の113号線を通り,高速から下道に流れてきた大型トラックの後を追うように走りながら目指したのは,新潟駅に比較的近い所にある風呂屋。といっても到着してみると,大繁盛のスーパー銭湯であった。これまでに訪れた全ての温泉施設や銭湯を上回る混雑にただただ驚く。滞在時間も短かったうえ,湯温が低く,あまり満足ではなかったが,リフレッシュにはなっただろう。再び車に乗り,ここからは運転を交代してナビを担当する。駅近くのガソリンスタンドでの給油を試みるも,駅レンで渡された紙に示された4つのガソリンスタンドのうち2つはこの時間には営業していないということで,残る二択のうち近い方を目指したが,なんとこちらはこちらで第二日曜休業ということに到着してから気付く。残る一つは駅の正反対側。ナビは比較的容易だが,いよいよ時間が厳しくなってきた。どうにか営業中の唯一の選択肢である駅南西側のガソリンスタンドにヨメ氏が右折で車を突っ込むと,そこは出口側。何とかぐるっと車を回して停めて,給油中に荷仕度,給油後はすんなり返却手続きが済んだお陰で,辛うじて5分強の時間が残った。駅前の給油にここまでてこずるとは夢にも思わなかった。店仕舞いを始めつつある駅ビルで美味しそうなおにぎりと地ビールを調達して,やたらと広い構内を早足で移動,新潟2007発,磐越西線会津若松行242Dはキハ110の5連。ボックスの空席を確保し,ひと息ついたとき,列車はディーゼルエンジンの唸り声とともにターミナル駅から滑り出していった。何とも忙しない時間だったが,こうしてとりあえず全てのミッションは無事にこなすことができたのだった。

信越本線,新潟から新津の区間を乗るのはとんでもなく久々で,もはや記憶を遡れないほどである。車の中で地図とにらめっこしたせいで久々に車酔いになり,暫くは不快感に襲われていたが,ビールをちびちび飲みつつ,新津に着く頃には何とか快復し,晩御飯にありつくことができた。おにぎりは素朴で一つ一つは小ぶりに見えるのだが,案外ボリュームは十分で,いずれも美味。その後も残っていたつまみなどをちまちまと食べながら,2日間の旅程に思いを馳せつつ,ゆっくりとした時間を過ごす。最後の1時間ほどは完全に眠りに落ちてしまった。22時34分,人の気配のない喜多方駅にて下車すると,キハの5連はそそくさと終着の若松へ向けて走り去っていった。

駅前は完全に静まり返っていて,もし1人だったら多少の恐怖を感じるほどである。日本海側とは異なる,「キン」という擬態語を充てたくなるような空気の冷たさ。今宵の我々の終着点である駅徒歩5分ほどのビジネスホテルは,建物こそ古いが,内装の雰囲気は良く,オーナーの気配りを感じる。一度荷物を部屋に置いてから歩いてローソンへ。ヨメ氏がくじを引くとチョコが当たった(交換は帰京後にした)。この旅行中3回目のくじで3回すべて当たっている。赤の点滅信号をきっちりと守る車に感心し,宿に戻り,翌朝に向けて支度を済ませ,前々日の新潟のホテルよりはスプリングが柔らかくて快適なベッドで,2日目の疲れを癒した。

羽越・磐西撮影旅行(14):さらば羽越本線キハ40,最期の挨拶。

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(さらば,羽越本線キハ40。 2020.01.12 今川~越後寒川

 

さて,羽越本線のキハ40を撮影するのも,とうとう残り2本となった。出発前の計画では,今川~桑川笹川流れの俯瞰を試みる計画だったのだが,ここは先人の作例が1人分しか確認できない,不確定要素の多いアングルであったので,これを捨て,昨日の雨で挑戦できなかった越後寒川~今川の笹川流れ「第1俯瞰」に白羽の矢を立てた。登り口も先程確認したので,アクセスできることは間違いない。この定番俯瞰に行かずして羽越線の撮影をしたと豪語するのは些か気が引ける,この撮影地はそのような存在なので,トリの撮影にはもってこいであると思い,実質的には「ここ一択」であった。

登り口まで移動して,列車が来るまでの時間は車中で暫し休憩する。ヨメ氏は引き続き疲労困憊の様子で,ここで短時間ながら眠っていた。駐車して何分か経った頃,ヲタ以外が来るはずもない陸側の駐車スペース(夏期は海水浴場の駐車場となる場所である)に,少し変わった暗いオレンジ色のツーボックスカーがやってきた。まさか我々以外にこの俯瞰撮影地に挑む人間など居るのだろうか。列車通過30分前にヨメ氏は復活し,無視できる小雨の中,登坂を開始したが,オレンジの車から人が降りてくる気配は一向に無かった。集中して登坂を続けると,先程の雨により足下がぬかるんでおり,やや難易度が高い。しかも,急坂だった第二俯瞰と比較しても角度はさらに急で,頂上まで最短距離で直線的に登るようなルートなのだ。さながら三点確保,手も斜面に添えるような形でぐいぐいと登ってゆくと,これまた案外スピーディーに登頂成功。見晴らしは最高だが,驚いたのは,丘(というよりは岩)の頂には人が立てるスペースなど存在せず,岩のてっぺんの丸い所に腰掛けることしか出来なかったことである。先人たちはこんなにも不安定な狭い場所で撮影を行っていたのか。丘の向こう側は切り立った崖になっており,もしもバランスを崩したら一溜まりもない。撮影アングル側を向いて座り,後ろの崖の下を覗くと,高所恐怖症でなくても恐怖が襲ってくる,そんな場所だった。

眼下には例のオレンジの車。ここから人が出て来て,着替えや身支度を始めている。いよいよ彼らも登坂準備なのだろうかと思って見ているが,カメラを持ち出す気配がない。さらに暫く眺めていると,どうやら彼らはご多分に漏れず釣り人のようだった。近くに磯は無いので,浜釣りの人々らしい。やがて彼らは我々が午前中に歩いた砂浜へと降りてゆき,膝まで水に浸かり,海原に向けて竿を振り始めた。釣りをしない人々からすれば彼らの行動はやや異常に見え,彼らが膝まで海に入っていった時には我々も思わず声を出して驚いたのだが,冷静に考えればこの荒天で崖をよじ登り岩に腰掛けている人間のほうがクレイジーなのだった。

小雨は止むどころか若干強まり,無視できない程度に降り続いており,途中で傘を差す時間もあった。下から見上げて崖の上に傘が一つ見えたらさぞ気持ち悪かろう…。 

 

練習列車として,直前に通過するいなほ(またもやゲテモノカラーのショッキングピンク)を撮影。

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本番は,ヨメ氏に広角アングルを託し,自分は第二俯瞰付近のストレートを走るタイミングの中望遠構図,準広角構図,そして広角構図と,欲張る作戦である。16時をすぎ,あたりはかなり暗くなってきた。遠くにみえる脇川大橋の方に,動く列車の気配を感じる。程無くしてキハの2連,828Dが蓬莱山の手前から姿を現した。

 

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(褪色した世界。2020.01.12 今川~越後寒川

 

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想定よりはかなり暗かったのだが,それでも十分な出来であった。

 

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(鼠色の夕刻。2020.01.12 羽越本線 越後寒川~今川) 
 

続く列車までの間に,登頂記念の自撮りや,眼下の景色のスナップショットなどを撮る。案外時間が経ってしまったため,ラストの1本に向けた撮影地の移動が頭をよぎった時には,829Dの通過まで10分程となっていた。もともとは2本の列車をここで撮影する計画だったので,全くしくじったとか,悔しいという感情はない。むしろ迷わずに,第一俯瞰の後追いで,自分にとっての羽越本線キハ40「最終列車」の829Dを迎える覚悟が決まった。

今川方面の景色の中,駅付近に動くものが見えた。しばらくして眼下の隧道から現れたのは,青の510牽引の貨物列車だった。

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いよいよ光量の限界に近付いてきた頃,本命列車はやって来た。

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(有終。 2020.01.12 羽越本線 越後寒川~今川) 

 

ヨメ氏は一本目のリベンジを果たした。露出は限界に近かったが,自分も広角構図と中望遠構図の両方をものにしてゆく。

 

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(ブルーモーメント,羽越本線。2020.01.12 今川~越後寒川

 

俯瞰撮影は挑戦の要素が強く,アドレナリンが溢れながら行うものなので,これが羽越本線のキハ40との今生の別れとなるという切なさは一切感じることなく,充足感に満ちた最期の挨拶となった。

 

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(最後の情景。2020.01.12 羽越本線 今川~越後寒川

 

西の水平線が濃灰色に滲み始め,羽越本線の撮影の終わりを,ほんの少しだけ実感したのだった。

今こうして紀行文をしたためながら思い返すと悲しくもなるのだが,それでもなお,この場所で最後を見送ることが出来た,その瞬間の記憶の絵をプリザーブすることが出来たという,満ち足りた感覚が非常に強い。羽越本線のキハ40は,もはや自分と同化した存在なのだ。たとえそこに居なくなったとしても,目を閉じ心に問えばその姿が確かに見え,気配すら感じられる,そのような存在になったのだろう。常に主たる被写体であり続けた訳では無かったが,人とは違う「青春」の記憶の大事な場面に,彼らは常に居た。こうして最後の最後に,羽越本線の日常らしい情景の中で彼らを見送ることが出来たのは,とても幸せな事なのだと,帰京後少し時間を開けた今,改めて感じている。

しかし,同化しすぎたからなのだろうか。3月改正以降も,笹川流れで待っていれば青や赤のキハ40がトコトコと走ってくる,そんな気がしてしまうのだ…。 

羽越・磐西撮影旅行(13):間島は嵐,転戦に次ぐ転戦。

anachro-fukurou.hatenablog.com

笹川流れの撮影(上記リンク参照)を終え,南下する。まず「第一俯瞰」の登り口を確認してから,車を走らせ,越後早川~間島の俯瞰の登り口の下調べを行った。しかし,かなり広範にわたって探索したにもかかわらず,それらしき道が見つからない。低い藪はさほど繁茂していないので,歩くことができそうな獣道の登坂を何箇所か試すが,十分な高さまで登り切れるルートがあるようには見えない。探索も行き詰まりつつあった頃,白い小動物が20mほど先の斜面を四つ足でぴょんこぴょんこと駆け上がってゆき,その「純白」とでもいうべき色の鮮やかさ,そしてそれが突然視界の端に飛び込んできて俊敏に動いたことに驚き,思わず叫んだ。ウサギか何かだったのだろうか…。このちょっとした恐怖体験もあり,心が折れ始めた。最後に何トライかするものの,一向に正解のルートが見えないので,勇気ある撤退。おそらくは,大きく北東側から回り込んで尾根道を伝うのが正解だったのだろう。いずれにしても,ヨメ氏を連れて来る撮影地ではないと判断し,また自分のモチベーションもここをどうしても踏破したいというほどではなかったので,戦略変更を選んだ。

827Dまでの間に一度,村上学校町のデイリーヤマザキに立ち寄る。連日お世話になるとは思わなかったが,連日同じ店員だとも思わなかった。ヨメ氏が第二俯瞰の登坂などによる疲労で少々グロッキー。栄養と水分を車内で補給し,村上~間島,岩ヶ崎の撮影地へと向かう頃,今日もまた雨が降ってきた。

岩ヶ崎の撮影地は,海際を走る下り線専用のスポットで,海を構図右側に大きく取り入れ,右カーブしてゆく線路を構図左に入れる,小俯瞰のアングルだ。アクセスは簡単で,345号線のガードレールの横から撮影できる。生憎の雨なので,ヨメ氏に傘を持ってもらいながらどうにか撮影。アクセスの容易さ,雨による集中力の低下などもあり,やや薄味の撮影となった。

 

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(大海を望む。2020.01.12 羽越本線 村上~間島)


この次に早川間島の俯瞰を予定していたのだが,先述の通り断念してしまったためスポットを変更しなければならない。しかも,いよいよ雨が本降りとなり,さらに本降りを超えて豪雨となった。昨日と全く同じパターンである。これでは俯瞰はもってのほか,そもそも撮影どころではない。色々な都合を考え,桑川駅で駅停車中のスナップショット撮影を行うことに決め,北上して826Dを迎えようと考えた。

しかし予想外なことに,桑川駅に着く頃には雨はかなり小降りになっていた。それならばどこかでしっかりと撮影しようと考え直すに至り,移動時間を計算し,再び南下して,越後早川~間島の望遠系の構図での撮影を急遽決定した。ヨメ氏のナビで迷うことなく撮影地に到着。傘が不要なほどまで雨は上がり,不思議と陽光の雰囲気すら漂っていた。トンネルを抜けてしばらく直線を走り,緩やかに右カーブしてゆく列車に,望遠レンズでやや圧縮効果を掛けた構図である。海は殆ど構図に入ってこないほか,足周りもすっきりと抜ける箇所は少なかったのだが,撮影はひとまず成功。これもまた下準備の有無が物を言う,咄嗟の判断による貴重な「釣果」となった。

 

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(雨後を力走。2020.01.12 羽越本線 越後早川~間島)