梟の島

梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

成田散策(4):新勝寺境内の易断所と土産物店の街。

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新勝寺の土産物店街。 2021.06.23 千葉県成田市

 


6月23日(水)。八街市内での仕事のついでに,成田の街を散策。駅東口出てすぐの新新道,新道通りとその周辺の路地,表参道を巡り,新勝寺に到着。

▼その1はこちらから。

anachro-fukurou.hatenablog.com

コロナ禍の平日,夕方18時を回り,境内にはほとんど人は居なかった。大本堂と三重塔の近くにカップルと思しき二人組が居て,男がスマホで女をパシャパシャ撮っていたのが妙に記憶に残っている。

大本堂と釈迦堂から西に外れたところには奥山広場という三角形の大きな広場があり,周囲の三辺を店舗に囲まれている。

 

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ずらりとシャッターの降りた,閑寂の街。飲食店や土産物店が並ぶ。

 

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東側の一辺には易断所が並ぶ。新勝寺はこの易断でも有名だという。

 

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浅草とも違った,不思議な眺めである。

 

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躯体はコンクリートブロック。庇は簡素なテントの内側に無理やり蛍光灯を付けたような造りである。

 

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そして奥山広場の奥に,また不思議な一角があるのだ。

 

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緩やかな坂道に作られた階段と,その両脇を固める土産物店の街である。

 

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露店ではなく,店舗自体は常設の建築。

 

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営業している店は一つもなかった。

 

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また境内が活況を取り戻す日が来れば,再びシャッターを開ける店もあるのだろうか。

 

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同形反復は常に美しいが,特に圧縮効果を使ってそれを際立たせるのが面白い。

 

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要素の反復に傾斜がプラスされる。ファインダーを覗いた際の感覚は,余所では味わったことのない新鮮なものだった。

 

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坂の上から振り返れば,夕空が鮮やかだった。

 

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色褪せる前は,緑系と赤系のテントが目映かったのだろう。

 

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みるみるうちに,日が暮れてゆく。

 

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とにかく,静かだ。

 

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構図のパターンがありすぎて,中毒性すら感じられた。

 

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日が暮れ,色温度が変わってきた。

 

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今日も宵闇を迎え入れる。

 

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奥山広場の一辺を撮る。

 

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猫が悠然と歩いて行った。

 

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最後に,極限まで引いた望遠構図で,ぎゅっと圧縮。極めて面白い被写体だった。

 

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大本堂の前の階段を下る。

 

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仁王門を下りて東側には,修法道場がある。

 

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極めて大きな建物である。

 

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東門から出る。

 

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たばこ屋と旅館と。

 

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静かな街。

 

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田町商店会という商店街である。

 

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現役の店舗は極めて少なかった。

 

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残照。

 

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商店会の南側の道にて。

この近くには成田随一の看板建築「大徳薬局」があったのだが,残念ながら昨年2月に火災で焼失した。Twitterで一報が飛び込んできた時のことを良く覚えている。

今日まで当たり前に存在していた風景が,明日も当たり前に在り続けるとは限らない。

 

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いよいよ19時を回り,撮影のタイムリミットとなった。成田駅に戻り,帰るとしよう。

 

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千葉駅付近の通勤ラッシュを避けたかったし,少し疲労も溜まっていたので,ちょっと贅沢をして佐倉から錦糸町まで255系しおさいに乗車した。15年以上前の「ビューさざなみ」「ビューわかしお」の呼称が未だに忘れられないので,255系しおさいの運用に就いていると未だに違和感を覚える。少し調べてみると,この車両は実はたったの5編成しか製作されていないというので驚いた。

平成を彩った特急型車両は,まもなく車齢30年を迎える。子供の頃はかなり新しく見えた車両たちも,いよいよ中堅を越えてベテランの域に入って来ている。251系・351系は引退,253系も成田から姿を消して久しく,651系・653系も転属した今,255系は登場以来の活躍の場を死守してきた最後の存在といえる。老い先は未だ長いのか,或いは突如として終焉の時が訪れるのかは分からないが,「Boso View Express」の名を冠して生まれたこの車両には,房総半島一筋でその一生を美しく終えてほしい。同世代の他の車両と比較すると少し地味な存在である255系への,同世代の人間からの特別な憐憫の情なのだろうか,そんな想いがどういう訳か込み上げてきたのだった。

 

 

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成田散策(3):表参道と袋小路と新勝寺。

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新勝寺表参道。 2021.06.23 千葉県成田市

 


6月23日(水)。八街市内での仕事のついでに,成田の街を散策。駅東口出てすぐの新新道,新道通りとその周辺の路地を撮影してきた。

▼その1はこちらから。

anachro-fukurou.hatenablog.com

新道通りは新勝寺へのショートカットとしても機能しており,緩やかな坂道を登ると程なくして表参道に合流する。合流地点付近の表参道は白い石畳が敷かれた小綺麗な道で,建物も良く整備されていて立派なのだが,あまりレンズを向けたいと思うような雰囲気ではなかった。すたすたと歩いてゆくと,緩やかに右にカーブする下り坂が見えて来た。ここから先がいよいよ表参道の街の中心部である。

 

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20km/h制限の一方通行。参道は急激に坂を下ってゆく。

 

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カーブの内側。先程までの石畳のエリアとは打って変わって,鄙びた雰囲気の建物が姿を現す。

 

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商店が並ぶ。

 

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西側の街並みの奥の方に,持ち送りのある近代建築が見えたのだが,ついにファサードが見つからなかった。

 

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西日に穏やかに染まる。

 

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コロナ禍の平日の夕暮れ時ということで,人は殆ど居ない。

 

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実のところ現地に行くまで,このあたりは所謂「映え」系の雰囲気になっているのかと思い込んでいたため,いい意味で裏切られた。

 

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道幅が広すぎないのが美しさの秘訣か。

 

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そしてこの高低差が,景色に立体感を与える。

 

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3層のうなぎ屋・川豊の建物「川豊本店店舗」は登録有形文化財明治44年に2層として建てられ,大正15年の旅館開業に合わせて増築されたという。綺麗な窓ガラスが現代風な雰囲気を醸し出しているが,立派な木造3層の文化財建築である。

 

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隣にも鰻屋

 

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S字のカーブ。

 

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扉には梅屋別館と記されている。かつてはこの写真の背後側,別館の斜向かいに,木造3層の旅館梅屋が建っていたのだが,2019年頃に解体されてしまったらしい。検索すると泊まった方のブログがヒットするのだが,実に惜しい物を失ってしまった,という感想しかない。跡地では工事が行われており,どうやら新築の旅館が建つのだとか。それならどうにか頑張って価値ある建物を残してくれ…と,たとえそこにどんな事情があろうとも,その専門職の立場である以上,そう思わずにはいられない。

 

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寺子屋 成田遊膳の建物。鼠漆喰の重厚感。

 

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その脇には細い路地があった。

 

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左手が旅館梅屋のあった場所,奥に見えるのが大野屋旅館である。

 

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大野屋旅館の側面に回ることのできる,道ともつかぬ道へ。

 

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奥行方向の長さに驚かされる。

 

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大野屋の脇を抜けるこの道は,いったい何処に続いてゆくのか…。

 

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路地は小さな森へと入ってゆく。すると突然,ゴウンゴウンとけたたましい音が鳴り響き,聴覚を奪われる。新勝寺の暮六つの鐘が鳴ったのだ。

 

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向こう側の森が微かに蠢き,夕風が吹き抜ける。このまま神隠しにでも遭うのかというような,不思議な時間,不思議な空間だった。

 

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袋小路の先には古びた住宅。道はよく手入れされているので,住宅はどうやら現役のようだ。錯覚かもしれないが,テレビかラジオの音がうっすらと聞こえたような気がした。

 

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別にやましい訳でもなく,何かに追われている訳でもないのだが,袋小路は来た道以外の逃げ道が無いので少し不安になる。

 

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沈む夕刻。

 

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さて,いよいよ辺りが少しずつ暗くなってきたので,表参道に戻ろう。

 

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大野屋旅館。塔屋の載る木造3層旅館のシルエットが,夕空に映える。

 

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一粒丸三橋薬局の店蔵(登録有形文化財)の前を過ぎれば,まもなく新勝寺である。

 

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詰組がぎっしりと乗った,威圧感のある総門。2008年建立の新しい建造物である。早速その威容に飲み込まれる。

 

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一つ一つの石燈籠もかなりの大きさなのだが,総門のせいでスケール感が狂ってしまった。

 

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国指定重文の仁王門を背面から見る。

階段を上ると視界が開ける。

 

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三重塔,一切経蔵,鐘楼。

 

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成田らしさ。

 

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三重塔は,1712年に建立された国指定重文である。

 

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ただでさえ絢爛な意匠の三重塔に,艶やかな夕陽が彩りを上乗せする。

  

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北に外れた低い夕陽が,6月ならではの角度から,朱色の塔を紅く照らしてくれた。

  

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大本堂は1968年の建立。これもまた異常な規模の仏堂である。点景として人を置いてみた。

 

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釈迦堂は1858年の建立,3代目の本堂という。現在の大本堂が完成するまでの110年間を支えて来た国指定重文である。

 

さて,成田散策の最終編は,境内に展開される易断所と土産物店の街を紹介しよう。

その4(新勝寺境内の易断所と土産物店街)に続く。

 

 

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成田散策(2):新道通りと路地裏と「壹番館」。

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壹番館。 2021.06.23 千葉県成田市

 


6月23日(水)。仕事の検査で八街市へ行ったついでに,成田の街を散策している。

▼その1はこちらから。

anachro-fukurou.hatenablog.com

新道通り沿いのパブ・スナック「東洋」の近くにも,まだまだ見るべき街並みや建物がある。

 

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東洋の反対側,新道通りの西側の街区を,細い裏路地が走る。

 

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住民と思しきおばあさんの姿が見えた。

 

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不思議に洒落たアパート。

 

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かつてここには小さな小料理屋の建物があったらしいのだが,1年ほど前に解体されてしまったらしい。

 

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街の古さは,裏側に顕著に表れる。

 

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路地を進む。

 

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下見板壁の建物がオーラを放っている。

 

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妖艶な入口。

 

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もう灯ることは無いのだろうか。

 

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「以け多゛」と見える。この建物は嘗て料理屋だったようだ。

 

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青空にキャンチ。

 

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路地を曲がる。ちなみに旅館福一は,新新道の崖を登る階段のすぐ近くにある。

 

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曲がり角から新道通り方面を見る。

 

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いけだの建物と繋がった,洋風のファサードを持つ建物が見えてくる。

 

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壱番館。正確には「壹番館」である。

 

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造作も凝っている。

 

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直線を嫌ったディテール。

  

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路地裏に,ひっそりと佇む。

 

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新道通りに戻ると空が広く,辺りが明るく感じられた。

 

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一方通行の道だが,交通量は意外と多い。

 

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三次元的カーブ。

 

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瓢箪柄の透かしブロック,遊郭の香り。

 

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福三旅館。

 

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新道商店街という名称もあるらしい。

 

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木造の商店も今は店を畳み,ひっそりと余生を過ごしている。

 

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街灯が点る。気付けばもう夕方だ。

 

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絵になる街角。

 

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そのまま新道通りを進み,表参道へと歩いてゆこう。

 

その3(表参道と袋小路と新勝寺)に続く。

 

 

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成田散策(1):新新道とパブ・スナック「東洋」。

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パブ・スナック 東洋。 2021.06.23 千葉県成田市

 


6月23日(水)。仕事の検査で八街市へ行ったついでに,千葉県内を散策することにした。前週の福島調査の前後にはかなりの密度で探索を遂行し,直後の週末にはアマチュアカメラマン状態で祝宴に参加していたので,この1週間での撮影枚数はカメラ歴11年の中でも過去最多だったかもしれない。正直なところ「写欲」とやらは限りなくゼロに近いところまで枯れ切っていたのだが,折角の機会であるし,4・5月を殆ど棒に振っていたこともあるので,気力を振り絞ってこの日も散策を強行した。

仕事は15時までに終わったので,佐倉まで総武本線で戻り,成田線に乗り換える。向かった先は,新勝寺のお膝元,成田である。

成田にはかつて赤線があったという。又聞きの状態ではあるが,その規模は大きくはなく,場所は判然としないらしい。たかだか数十年前の歴史ですら容易には遡れないのが不思議なくらいだが,今回の探索はその「匂い」を十分に感じられるエリアを探索してゆく。

 

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成田駅は県内屈指の立派なターミナル駅。駅舎は平面的に大きい。そんな駅の東口を出て数十歩ほど歩くと,何といきなり「無料案内所」の看板が目に飛び込んでくる。案内所自体は現役ではなさそうだ。

 

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クラブ,ガールズバーなどが入ったビルは,ばっちり現役。アクセス良好の一等地である。

 

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そんなビルを横目に見る道は「新新道」と呼ばれる。新道通りの一本西側を走る「新・新道」ということなのだろう。全く期待していなかったのだが,雲間から太陽が顔を出し,退色した壁面を美しく染め上げた。

 

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人通りも疎らな,静かな道。

 

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凝った窓の開いた建物は,飲食店だった。

 

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蔦に覆われた側面,錆びた看板。

 

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新新道から鋭角に崖を上る階段がある。

 

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新新道を見下ろしながら上ってゆく。

 

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高さは建物の3階程度。

 

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崖上には古い住宅街が広がる。

 

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人の気配もあるので,ささっと通り抜けるのが吉。

 

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新新道を切り取る。なかなか面白い構図。

 

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崖の上にある石碑を囲う玉垣には,遊郭関係と思しき〇〇楼の文字が数多く見られた。

ここまでが新新道の周辺。新道通りに合流し,北東へ進む。

 

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下見板壁の美しい建物がひときわ目を引く。

 

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「東洋」の文字が見える。

 

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造作も美しい。

 

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「お食事処 東洋」である。

 

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2面が道に面している。

 

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側面には「パブ・スナック 東洋」の看板が掛かる。

 

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開業は1959年という。

 

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素敵なランプ。

 

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店は現役。内部の写真は検索すると出てくるが,とても素敵な雰囲気が楽しめるようだ。この日はコロナ禍で休業していたようだった。

 

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道に対して斜めに取りつく扉,この佇まいの「余裕」が良い。

 

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西日が良い意味で予想を裏切ってくれた。

 

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道を突き当たりまで進めば,表参道である。

 

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一軒奥は仏具店。3枚の引戸が美しかった。

 

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時間旅行できる構図。

 

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この商店街は「新道通り共栄会」というらしい。

 

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夕方晴れ男は今日も健在である。 

その2(新道通りと路地裏と「壹番館」)に続く。

 

 

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福島駅東口(3):アーケード飲食店街「狸小路」を撮る。

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狸小路 2021.06.17 福島駅東口

 


6月17日(木)。現地調査の移動時間では村田町の重伝建を歩き,仕事後は福島への車の返却回送の道中,奥州街道斎川宿,越河宿,貝田宿,藤田宿,桑折宿を巡り,最後は伊達市の天王通りの商店街を訪れた。福島では,中央通り・北裡商店街を歩き,昭和感溢れる飲食店街・新町ビル街を撮影した。

▼その1はこちらから。

anachro-fukurou.hatenablog.com

新町ビル街を紹介したその2とは時系列が一部前後するのだが,この記事では中央通りの北側に位置する狸小路を中心に紹介する。新町ビルと並び,今回の福島散策のメインディッシュの一つである。

 

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狸小路。アーケード式の居酒屋街である。

 

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アーチの柱が細い。

 

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この水色からも昭和を感じる。

 

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内部へ。

 

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煙突が空へと伸びる。

 

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客引きは禁止。

 

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アーケード屋根は鋼製。

 

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縦構図がサマになる。

 

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すなっく つかの,スナック 夕子。

 

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フィリピン料理と,支那そばと。

 

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突き当たりは,また別のスナックビルに連続している。

 

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入口側を振り返る。道幅に対して背が高い。

 

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自販機のあるアーケード。

 

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2階は住居だろうか。

 

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看板が密集する。

 

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藍。

 

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焼鳥屋。コロナ禍でなければ,散策後にふらっと入りたい店構えだった。

 

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時折,店員と思しき人が歩いてゆく。

 

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昭和96年。

 

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やはりここが最も美しいアングルか。

 

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国鉄を彷彿とさせる字体。この時代に生きたかった。

 

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その2で紹介した新町ビル街を後にし,中央通りを東へ。

 

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いよいよ黄昏時。店の灯りが一つ一つ点り始める。

 

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県庁通りにて。「歌謡スタジオ オンチ」には声を出して笑ったw

オンチのせいで「うたう喫茶 ハミング」も何だかじわじわくる。

 

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3階建の立派な建物。元は店舗だったのだろうか,10年前のストリートビューの時点では既に現在と同じダンススクールになっている。1階は全面ガラス張りで,外からレッスンの様子がよく見えた。

 

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文化通りに入り,駅方面に戻る。

 

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橙色の道。

 

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いろいろ おかずの店。

 

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横長の看板を路地に対して伸ばす貪欲さ。

 

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大山せん遍以。

 

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そして夜の姿を見に,狸小路に戻って来た。

 

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思ったよりも暗い。夕方に撮影しておいて良かった。

 

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突き当たりの新しい建物は現役バリバリだったが,狸小路の中のスナックの看板は灯りが点っていなかった。現役の店舗は,さほど多くはないようだ。

 

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蛍光灯の仕込まれたアーチ看板,そそられる。

 

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さらば。

 

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駅の近くには,古めかしい3階建の建物。

 

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これにて散策終了。

コンビニで夕食のパンを買い,19時半頃発のやまびこ号で帰京。各駅に停車する遅めの列車だったが,車内は終始空いていて快適だった。

たったの1日半で21記事分になってしまったのは,些か「やりすぎ」だったかもしれないが,大越に始まり,船引,三春,郡山,村田,奥州街道宿場町そして福島,いずれも面白い散策だった。これからも自分の欲求と上手く見合った旅を心掛けてゆきたいと思う。

 

 

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