梟の島

-追想の為の記録-

灯台と篝火

 

この島こそが元来の本拠地で,あれはその南側の断崖に立つちっぽけな灯台に過ぎなかった。未だ見ぬ友を探す事こそが,この島を開墾し,灯台を建造する目的であった。そこで知恵を使って灯台の光を際立たせてみると,効果はみるみるうちに表れた。

しかし世界は加速度的に目映さを増していってしまった。背日性の僕には,光そのものというよりも,光を無条件に享楽的に捉える向日性一辺倒の世界が醜く感じられて仕方が無かった。その時勢に抗う気力は徐々に削がれてゆき,諦念に支配されながらもX軸の近傍の漸近線上で,辛うじて今日を明日へと繋いでいった。

そんなある日,突如として灯台は空から破壊された。皆がその変貌に悪態をつき,亡命を試みたり一部の生活機能を移転したりする中で,僕だけは一度たりともその忠誠の姿勢を崩す事は無かったというのに,爆撃機の機体には信じた筈の国旗が描かれていた。

 

初めは灯台の復旧をするつもりだった。誤射であったと,何処からか工事業者がやって来て,何事もなかったかのように修理を終えて去ってゆくのだろうとも思っていた。しかし待てど暮らせど,何も起きることはなかった。楽観が悲観に転じた頃,南側の港に係留されていた中型船のアンカーが外れ,ひっくり返った船体に大きな孔が開いていることに気が付いた。

灯台を復旧したところで,そこから発する光は,現代の眩しさの中ではもう然るべき場所には届かないだろうと諦めた。あれはもう,充分に役割を果たしたのだと思うことにした。

 

灯台が壊れたその日から,島の北側の深い入江の最奥にある小屋を出て,桟橋のたもとで小さな篝火を焚いた。本当に有り難い事に,もともと入江に往来のある人々や,近海から煙を見た船たちから,救援物資が届いた。偶然通りがかった舟から沢山の水を分けて頂くこともあり,そこから新たに継続的な交流が生まれたりもしたから,決して悪いことばかりではないのだと思った。しかしその逆もまた然りであった。狭く暗い入江には,タンカーや大型の客船は構造上,入って来ることは無かった。もしかするとすぐ近くまで来ていたのかもしれない。それでも篝火の勢いを増す為の燃料も,灯台の真下にある南側の港に回って船の孔を修繕する体力も,防波堤の先端で手を振り大声で叫ぶ気力も,何一つとして残ってはいなかった。(大型船からわざわざ艀に乗り換えて此処を訪れる人が多いほど僕に人間的な魅力があったなら,僕はそもそもこの島には住んでいない。)

 

灯台が失われた今,やはり今までの船は不釣合に大きすぎると思った。あちこちの港に寄り,対価を払って何かを買い,島の産物を与えて対価を貰い,帰る。灯台が無いのに,作り直す気力が無いのに,燃料が無いのに,目的が無いのに,貿易の様式だけを惰性で継続するには明らかな無理があった。手漕ぎの小舟で水遊びのような漁をしてみると,風が清々しく,波音が心地よかった。嘗ての船を,灯台に至る細い山道の入口の脇にある草叢に引き揚げることにした。

 

そして最後に僕はこの島を地図から消すことにした。

昼を醜くした側に自分も居たという犯罪意識が根底にあった。しかしもう,何を思ったところで手遅れだった。せめて償う事が出来るとするならば,自らを納得させる方法があるとするならば,それは二度とこの島を,自らの思う醜さに関与させないことくらいであった。そしてさらに,この犯罪意識から己を解放することで,此処での豊かな生活が蘇るのではないかと思い至った。

 

新たな日常に慣れ,そんなことも意識から遠ざかりつつあったが,巡回者はいつの間にやら訪れていたらしく,気付けば最新の地図からこの島は消されていた。安堵と喪失感が心の中で等しく混ざると,その暗い深緑色は想像していたよりもさらに美しく見えた。静謐な,穏やかな味わいがあった。この色のニュアンスは,6月のトップライトのような眩い光の下で見ても決して解るまい。

 

そもそもこの島に住む事を決めた動機には,強い敵意があった。大きな斥力が,僕をこの土地に連れてきた。5年の月日を経て結局,僕は嘗ての僕に還っただけなのかもしれない。この島に来る前に6~7年住んでいた村が,晩年すっかり廃れてしまったことを思い出す。歴史は繰り返すのだろうか。

否,この先にもう移り住む場所は無い。その必要も無い。これからも此処に留まり,直射に背を向けて,わざわざ小さな舟で仄暗い北側の入江を訪れる者を歓待するのである。二代目の灯台を再建し,空地に引き揚げた船を修繕して港に戻そうと思うか,入江の往来が途絶えるか。それとも島そのものが沈むのか,僕が此処から居なくなるのか。いずれかの事象が訪れるまで,新しい日常を細々と,しかし強く明るく,整然と紡いでゆくのである。

灯台を忘れ,篝火を片付け,名も無き入江の北端に建てた手作りの看板に「forget me not」とだけ掲げることで,今日から新たな章を始めよう。