梟の島

梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

北九州・木造アーケード(5):筑豊商店街,なお残る昭和の情景。

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カラフルな看板。 2020.08.22 筑豊商店街

 

8月22日。時間の許す限り北九州市の木造アーケードを巡る一日である。到津市場に続いて,八幡東区筑豊商店街の撮影を楽しんでいる。

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ここまで2本の細い道を撮影してきた。ここからは,青い鉄骨アーケードが印象的な半屋外空間と,北側の外観にレンズを向けてゆく。

 

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まずは鉄骨アーケードの全景。

地理院地図の空撮で70年代初頭の様子を見ると,この範囲に屋根があるかどうかは判然としない。後補的に鉄骨のフレームを建て,屋根を掛けた,と考えるのが恐らく正しいのだろう。

 

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1本目の道には「筑豊商店街入口」の表記。すると筆者がいま立っている場所は何なのだろう…と思ってしまうが,このあたりは曖昧なものである。

 

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それでいったら青の鉄骨範囲は「新鮮市場」という事になってしまうのだから。別に正式名称を掲げているとか,そういう事ではなく,一帯が筑豊商店街である,ということだ。

 

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若山商店の準備はだいぶ進み,ネギや葉物が出て来た。

 

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鋼管の柱をかわすために折り曲げられた部材と,そこに取り付く小さな看板広告。黄色の中で,赤がひときわ目を引く。褪せているのにカラフルで,楽しい。

 

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八百屋の一つ奥の店舗は,営業を終えて久しいようだった。

線という線が歪んでいて,水平という概念がない。

 

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小さな黒の豆タイル。

 

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この鉄骨が後補であれば,看板も後補となる。ではその裏側にはきっと,更に古いファサードが隠されている筈だ。

 

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覗き込んでみると,「中央入口」の看板の裏が辛うじて確認できた。2階の窓の上には明かり取りまで付いていて,なかなか立派だった。しかし建具は外れてすなっており,住人の気配は感じられなかった。

少し調べてみると,筑豊商店街自体は戦前に成立していたようである。戦後すぐの空撮からも,敷地内に大きな建屋がある様子が見て取れる。現存する建物が果たしていつのものかは分からないが,兎に角,市場としての歴史は十分に長い。

 

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鉄骨の架構のみを切り取る。

 

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ディテールは,少しずつ朽ちてゆく。

 

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隅切り部。北側の道路に出る。

 

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最後に中を振り返っておく。

 

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鉄骨アーケードから飛び出すと,なかなかにレトロなスタイルの看板が,「筑豊商店街」の名を誇示していた。

画角右端のブルーシートから更に右側のあたりが,「中央入口」の先の部分にあたるのだが,ここが近年解体されてしまったようである。鉄骨ゾーンのほかに2本あった屋内型の商店街のうち1つが完全に失われてしまったようだ。一足遅かったようで,残念である。

 

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仕入れの車は撮影にとっては嬉しくない存在だったが,青果店はなお健在で,安心した。

 

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ここでファインダーを覗いた時,比喩でなく,本当に時間旅行をしているように錯覚した。セットのように完成された,純度の高い昭和が感じられた。

 

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こうして見てみても,建物の粒が大きい。

 

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こちら側からは,営業する気配は感じられず。

 

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朝9時すぎだというのに,多くの客が行き交う。客はみな腰を曲げて,地面に並んだ野菜や果物を手に取り,会計を済ませる。地域経済は,年号が変わってもなお,緩徐に回り続けている。

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はじめに内部に切り込んだ,西側の道路に戻ってきた。フルーツ店の看板を撮っていたら,声を掛けられたが,やはり優しく対話してくれた。

 

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最後に全景。かつて画角右端には,「中央入口」へと続く商店街があったのだが,それが失われてしまった,ということだ。

到着時は曇天だったが,去り際には陽光が眩しかった。

次に来る時がもしあったとして,同じ姿を拝む事が出来るのだろうか…。とにかく,全てが一期一会である。記憶と撮像素子にしっかりとその姿を焼き付けて,筑豊商店街を後にした。

その6(枝光中央商店街編)へ続く。

 

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