梟の島

梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

大分・津久見散策(2):港町,工業港と嘗ての目抜き通りを歩く。

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港町の色。 2020.08.20 大分県津久見市

  

8月20日(木)。大分出張の前日。津久見市の街並みを見るべく,大分駅から車を走らせること1時間20分。まずは夕方の津久見市セメント町を歩いた。

 

このまま散歩を続けると,「つくみん公園」の横に大きな港湾のスペースがある。ドラッグストア側の脇道からふらっと入ってゆくと,一向に立入を制限する標識が見当たらず,無意識に岸壁近くまで辿り着いてしまった。空撮で確認すると,嘗てこの場所にはセメントのような細砂が積み上げられていたようだ。今はただただ広い,何の用途もないスペースになっているようだ。人が近くに居たら訊こうと思うも,その後特に誰にも会えず。折角お邪魔したし,何らお咎めもないようなので,写真は撮らせて頂いた。もし訪れる際は確認・注意されたし。

 

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停泊している2隻の船。ここで船舶に関するボキャブラリーを持ち合わせていないことに気付いて哀しくなる。これが何なのか分かれば,もう少し違った見え方も書き方もできるのだが。

 

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夕陽。日豊オノダの埠頭に停泊している,綺麗な船。津久見湾の最奥部,波は穏やかだ。

現像を丁寧にする習慣が付いてから,とにかく白飛びを警戒するようになった。アンダー気味で撮影して,現像段階で暗い部分を持ち上げるのは,鉄則である。また,現地で極力詳細に色温度を調整することで,肉眼に近い形の写真に仕上げることが出来るようになったと実感した。今回の旅では,ここ梟の島の記事作成という鍛錬の成果が出ているだろうか。これまでの街歩きよりもワンランク上の,より現実感のある絵を撮る事が出来ているように感じる。

 

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緑がかった色調。穏やかな夏の夕暮れ。

 

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こちらは太平洋セメントだろう。現代版ターナーである。

 

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対岸には日鉄鉱業の文字が見える。

 

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要塞感。

 

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工業港の夕景。津久見の文字も見える。青と水色,これもまた兄弟のようだ。

  

さて,港湾地区は居心地も良くないのでそそくさと退散。 警固屋海浜公園付近から,漁船の停泊された湾の最奥部を撮る(記事最上部の写真)。ほぼ波もなく,水面は夕べの空を映す。どこか日本離れした色彩だった。

ここからは再び街を散策してゆこう。

 

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トタン芸術に導かれるように。

 

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セメント町通り。SHOPPING STREETで,今は殆ど買えるものは無さそうだ。

 

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ちょうど踏切を,日豊本線普通列車が通過する。

 

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暑い夏の夕暮れ。ヒグラシの声に,どこか感傷的な気分になる。

 

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踏切で引き返し,セメント町通りから東へ折れ,裏通りを歩いてゆく。今でこそ「裏」だが,道幅がとても広い。少し調べてみると,やはり嘗ての目抜き通りだったようだ。良いファサードに出会う。左側の一軒からは少し色気を感じるが,飲食店だったのだろう。

 

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「チャイルド美」。ここを含め,店舗の痕跡のある建物が数多く見られた。

 

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歯抜けになった敷地の向こうには,何やら凄まじい建物が。もう1本向こうに道があるようだが,道中の簡単な下調べの時点では一切情報が無い。大変興味深い…。

 

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「大衆食堂」「restaurant」の文字は辛うじて見える。閉店して久しい。これまた調べてみたところ,昭和34年時点では「おしどり食堂」だったようだ。

 

さて,この先,海崎の工場夜景に移動したいのだが,津久見市街が面白すぎる。そして,この道の一本奥,山際の道には一体何があるのか。どうしても見たいので,もう暫く散策を続けることにしよう。

 

その3へ続く。

 

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