梟の島

梟の島 -叙情的叙景詩-

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明智町散策(4):明知鉄道,夕刻の車窓は秋の色。

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秋の旅。 2021.10.09 明智町

 


10月9日(土)。前日は岐阜出張にかこつけて,繊維問屋街や柳ケ瀬の街並みをひたすら歩き回り,数百枚の写真を撮影した。土曜日は完全なる「旅行」である。早朝から美濃太田,多治見を巡った後は,「日本大正村」なる名称で観光地化を図る明智町で,昭和の景色を求めて散策してきた。

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これにてすべての散策を終了。明智町を去り,長い長い帰路が始まる。

 

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16時半すぎ,明知鉄道の車窓は夕景。

 

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美しいので,往路と同じように車両の背面にかぶりつく。

 

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鉄塔のある景色。

 

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ススキが揺れながら,後方へと流れ去ってゆく。

 

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岩村駅で列車交換。

 

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景色はゆっくりと流れてゆく。

 

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2面2線の駅を見送る。

 

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景色が黄色く染まって来た。

 

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極楽駅にて。

 

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秋の旅。

 

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飯羽間駅。簡素なホームが美しい。

 

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景色の所々に稲穂が残る。

 

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夕霞。

 

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山際に太陽が顔を出す。窓ガラスの汚れが目立ってしまう…。

 

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完全なる逆光に,鉄路がギラリと光った。

 

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林を抜ける。

 

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緩やかなS字カーブ。

 

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車窓に柿。

 

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「風」。

 

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晩秋の夕,冷たい空気の寂寥感。

 

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阿木駅に眠る先代。

 

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いよいよ陰翳が強くなってゆく。

 

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一瞬が美しい。

 

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細い隧道を飛び出した。

 

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人里から離れる。

 

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踏切の黄色がアクセントになる。

 

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飯沼駅,郷愁。

 

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いよいよ暗くなってきた。

 

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林をすり抜ける。

 

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非電化の単線ならではの美しさ。

 

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細かくカーブを抜け,第四種踏切を抜け。

 

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終着までもう一息。

 

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空は終始,不思議な色だった。

 

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日没時刻の10分前,恵那駅に到着。

 

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中央線へ乗り換え。

 

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製紙工場を軽く撮影。日没間際の色が艶やかだった。

 

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中央西線,211系の長編成も,もしかするとそう長くは見られないのかもしれない。

さて,順当にいけば名古屋に戻って新幹線で帰京なのだが,今回は久々に塩尻経由とした。旅費節減を兼ねて,多少なりとも旅情に触れられることを期待した。

恵那を出発すると,列車はたちまち夕立に見舞われた。空模様がおかしかったのも頷ける。

 

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津川駅に到着。雨は上がっていた。水平線近くの空は,紫がかった桃色に染まっていた。

 

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黄昏の金属光沢。

 

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現代の車両とはまた少し異なった,重さのある鈍い光沢である。

 

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尾灯。

 

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青色。

 

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乗り継ぎの時間で駅そばを食す。

 

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確かにいま,旅をしている。その充足感は520円以上。かけがえのない価値を感じた。

 

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後続の快速列車もやって来た。

 

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211系の窓は独特だ。

 

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さて,ここからは東日本管轄の211系に乗り換える…と言いたいところだが,時間の関係でここからは特急に乗るので,この鈍行列車は見送る。

 

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色違いの並び。

 

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そしてこの先行列車は鹿と接触し,暫く運転を見合わせることになる。

ワイドビューしなの21号に乗車するも,鹿トラブルのために25分ほど列車は遅延。あずさ58号には接続されないとのことで,最終のあずさ60号に振り替えざるを得なかった。

 

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せっかく最後列の席を指定で確保していたのにこれを失ったし,帰京時間が40分ほど遅くなるし,寒いし。塩尻で時間がかなり余ってしまったので,ぼうっと撮影。

 

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流石にやってられん,という事で,パンを頬張った後はホームで飲酒。寒かったが,腹は満ちた。

肝心のあずさ60号の車内は快適だったものの,竜王駅付近での踏切の安全確認のために20分ほど停車し,最終的には当初の予定から1時間ほど遅れての帰宅となった。

 

所詮は50時間程度の旅の記録なのだが,写真と記事の編集にえらく時間が掛かってしまった。これまで疎かった岐阜の造詣を深めることができたのも有意義だった。帰路では軽くトラブルに巻き込まれたものの,公共交通で感じる旅の「ゆとり」や,散策中のぼんやりとした時間,駅そばのような旅の狭間の記憶こそがとても大切なものだと,改めて感じさせられた。コロナ禍で忘れかけていた「旅」のエッセンスを少し思い出すことが出来たこと,これこそがこの50時間の最も大きな収穫だった。

 

 

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