梟の島 -叙情的叙景詩-

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明智町散策(1):「日本大正村」の周辺で,昭和の匂いを探す。

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昭和は続く。 2021.10.09 明智町

 


10月9日(土)。前日は岐阜出張にかこつけて,繊維問屋街や柳ケ瀬の街並みをひたすら歩き回り,数百枚の写真を撮影した。土曜日は完全なる「旅行」である。早朝から美濃太田,多治見を散策し,乗継の時間で恵那駅前の一角を歩いてから明知鉄道の車窓を楽しんだ。

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明知鉄道の終着駅,明智駅にて改札を出る。

 

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駅舎は木造の簡素な造り。思ったよりも観光客が多かった。

 

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しかし駅を出ると街は至って静かで,人影は見当たらなかった。

 

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さて,ここは本日最後の目的地,明智町である。

駅前通りの突き当たりを左へ。明知鉄道の車中もここも,とにかく変な天気だった。

 

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畳の旅館に泊まること,ローカル路線に乗ってのんびりと道中の時間を満喫すること,地方都市をのんびりあても無く歩くこと。今回の行程ではこの3つをテーマとしていたので,この日のここまでの流れには満足であった。

この長閑な感覚に,言語的な補足は不要であろう。

 

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完全飼料。

 

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旧保母歯科医院は,昭和元年築の建築である。看板の部分にも意匠が凝らされていた,かつての美しい姿のことも知っていたので,現在の形は少し残念であった。

 

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街。

 

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明智町は「日本大正村」という名称を掲げて街の観光地化を図っている。その「立村」は1984年に遡る。

 

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大正村の中心たる施設である「浪漫亭」の裏手に伸びている,大正路地。

あまりネガティヴな情報は書きたくはないのだが,専門的な目線で見てゆくと「?」が浮かぶ箇所は無くはない。その辺りはその3に回すとして,いずれにせよこうして「古い街」そのものが脚光を浴びているのは嬉しい限りである。

 

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昼食は鄙びた食堂でとろうかと思っていたのだが,特にそういった候補は見当たらなかったので,街道沿いの「庵」という店に入った。カツ丼をぺろりと平らげた。

早朝から動き回って来たので,ここで一息休憩を入れ,再び街に出る。

 

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日本大正村」の交差点。

 

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観光地化されていない場所の「昭和感」を追い求めるセンサーがはたらく。

 

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おみやげに 蜂の子,いなご。

 

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曲線的な持ち送り。たまに見掛ける形である。

 

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運輸会社の錆びた看板。

 

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道の両側に,同様の意匠を持つ商店があった。

 

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「あったかいねー」「ねー」

 

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老夫婦。

 

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自転車屋,クラシック。

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山と街の共存。中山道の宿場町は「線」の街と山の景色が絡むのが面白いが,ここ明智町は「面」の印象である。

 

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鮮やかな塗装が印象的な電気店

 

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意匠を凝らした店もある。

 

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小さな橋を渡った。

 

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突き当たりを右に折れれば,昭和の空気感を色濃く残す一角へと道は続いてゆく。

 

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晩夏か,初秋か。

 

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「印章」も死語になりつつある。

 

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絵のような道だ。

 

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建具こそアルミサッシに更新されているが,腰壁のタイルや,2階の欄干の造作,その下のアールの付いた小壁など,妙に色艶のある建物である。

 

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古い自動車教習所の看板。イラストのアングルが格好良い。フェンダーミラー,良いなぁ。

 

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明智町を代表するY字路。

 

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全体的に作為的な感じがせず,見られることを過度に意識していない感じが自然で美しいと思う。

 

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旧旅館建築。現在は地階で軽飲食・喫茶「アミー」が営業中である。よっぽど入ろうか迷ったのだが,常連客で賑わっているよつな雰囲気が感じられたので,通過した。

「大正村」の明智町に来て,気付けば結局関係のないところばかりをほっつき歩いていた。

 

その2へ続く。

 

 

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