梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

恵那駅前の散策,明知鉄道の車窓を楽しむ。

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木造3階建。 2021.10.09 恵那駅

 


10月9日(土)。前日は岐阜出張にかこつけて,繊維問屋街や柳ケ瀬をひたすら歩き回り,数百枚の写真を撮影した。夜は美濃太田駅の旅館に投宿。土曜日は「旅行」である。まずは早朝の太田町を軽く散策し,多治見に移動。駅南のながせ商店街,たじみ広小路,鄙びたアーケード・銀座商店街,狭隘横丁・銀座センターを撮り歩いてきた。

▼多治見散策その1はこちらから。

anachro-fukurou.hatenablog.com

時間を読み違えて大慌てだったが,何とか列車に駆け込み,快速列車で30分ほど休憩。中津川行の列車はほぼガラガラで,2両編成でも問題なさそうなほどの乗車率だった。11時少し手前,恵那駅で途中下車し,明知鉄道へと乗り換える。乗継の時間が25分ほどあるので,一日乗車券を購入した後,駅前を軽く散策することにした。

 

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全く下調べも何も無く,直前に見た空撮だけを頼りに,駅南口の一角に飛び込む。小さな下り坂の向こうに店が並んでいる。肉眼でも眩しいほどの逆光のアングルを写真で記録できるようになったのは,地味だが大きな進歩である。

 

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ひしめく。

 

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くるみ五平餅。時間があれば食べたかったのだが…。

 

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街角の玩具屋。元気に営業中だった。

 

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対面には塀が回っている。道幅に対し,建物が大きい印象だ。

 

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ひかり。こちらも時間が許せば立ち寄ってみたい佇まいだった。

 

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ダスティブルーが堪らない。

 

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東西に走る道の景色は,翳が支配している。

 

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歩みを進めると,木造3階建の美麗な建物があった。

 

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素晴らしき出会い…乗継時間を忘れ,しばし見惚れる。

 

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こちらは旅館 信濃屋。残念ながら閉業しているようだった。実に惜しい。いつか再び利活用される日まで,どうか建物だけでも残ってくれるように願う。

 

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信濃屋で折り返し,再び西へ。

 

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商店街。

 

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石貼りの壁が妙な色気を放っていた。角度のついた扉を見るに,嘗てはスナックか何かだったのだろう。

 

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10月にしては光が強かった。

 

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先程の多治見で痛い目に遭ったので,余裕をもって行動する。乗継まで10分を切ったので,駅に戻ろう。

 

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色に満ちた一角。

駅前は非常にこぢんまりとしているが,現役の店が多く,何となく「人情味」のようなものが感じられてとても気に入った。ただ,信濃屋も含めて「惜しい」という印象でもあった。何か一つ二つのきっかけをもって観光客を呼び込めそうな,そんなポテンシャルを十分に感じた。

 

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発車間際の明知鉄道,車両は最新鋭の「アケチ102」である。社名を車名とするセンスが少し面白い。

ここから終点の明智駅まで,後方展望を楽しむとしよう。

 

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恵那駅を出ると列車は街を離れ,林の中をすり抜ける。非電化ゆえ架線や架線柱がなく,景色を堪能できるのが良い。

 

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線路際の小屋。某ネズミの国の某鉄道にも似たような場所があった気がする。アケチ102は唸り声を上げながらぐいぐい進んでゆく。

 

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恵那から一駅目,東野駅。ここまでにかなり標高を稼いだ感じがした。後日調べてみると,駅間2.6kmで,40m以上も登っていたようだ。

 

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東野を発つと,少し広い景色が続く。

 

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そんな景色も束の間,ふたたび車窓は狭まり,線路の両脇には緑色が迫る。

 

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県道としばし並走。いいカーブだ。

 

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絵になる踏切。

 

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飯沼駅。1991年の開業から5年間,日本で最も勾配の急なところに設置された普通鉄道の駅だったらしい。勾配は33パーミルとのこと。1996年に京阪京津線大谷駅が40パーミルの勾配に移設され,以降はこちらが日本一だという。

 

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飯沼の次は,阿木駅

 

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出発。旧車両(先々代のアケチ1形・アケチ2)が目張りされて留置されていた。wikipedia曰く,消防団の器具庫として使われているのだとか。

明知鉄道は1985年に国鉄から第三セクターに転換,その際に新造されたのがアケチ1形である。1997年頃から後進のアケチ10形が導入され,僅か15年弱でアケチ1形の5両は廃車となった。

 

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飯羽間駅極楽駅を過ぎ,岩村駅へ。多くの観光客が下車していった。列車交換を済ませ,再び出発。

 

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花白温泉駅を過ぎ,その次の山岡駅。桜の季節はさぞ美しかろう。保存されていたのは先々代のアケチ1形のトップナンバー,アケチ1である。

 

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終点の明智に向けてラストスパート。木製の柱は電話線の支柱だろうか。

 

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長閑な旅路。

 

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終着駅,明智に到着。するといきなり,駅員たちが作業を開始。

 

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どうやら連結するようだ。アケチ1を模したツートンカラーの車両がやって来た。

 

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撮影用に団臨(貸切列車)を手配していたようで,若い男女が数人乗り込んでいた。

祖父と孫の並び。折角なら,先々代の丸いライトまで模倣したデザインにしても可愛らしかったのではないか。この手のデザインはちょっと「ありきたり」すぎる気がする。

 

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雲が多く,晴れたり翳ったりの繰り返し。10月なのに,どこか晩夏のような雰囲気であった。

 

明智町散策その1へ続く。

 

 

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