梟の島 -叙情的叙景詩-

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多治見散策(1):ながせ商店街と,昭和町・御幸町を歩く。

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眩しい朝。 2021.10.09 多治見

 


10月9日(土)。前日は岐阜出張にかこつけて,繊維問屋街や柳ケ瀬の街並みをひたすら歩き回り,数百枚の写真を撮影した。夜は美濃太田駅の旅館に投宿。土曜日は完全なる自由時間,ここから先はただただ「旅行」である。まずは早朝の太田町をさくっと散策した。

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7時40分,美濃太田発。太多線に乗るのも8年ぶりのことである。あの頃に居たキハ11は,武豊線の電化に伴い,キハ25・75に押し出される形で引退してしまった。それももう6年半前のことである。同世代の車両がもう引退して久しいとは,自分も古くなったものである。

この日は朝から太陽が眩しかった。新鋭のキハ25というと嘘になる(これらも実は車齢20年を超えている)が,気動車に揺られながら車窓をぼんやり眺めていると,30分ほどで多治見に到着。どういう訳か終着駅の少し手前で睡魔に襲われることが多いのだが,この日も到着前の3分ほど眠った気がする。

南口を出て,土岐川の南の街並みを目指す。横断歩道が無い駅前に困惑したが,地下道を渡って街並みに切り込んでゆく。

 

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全く予定に無かったのだが,散策を始めて1分ほどで,雰囲気のある一角に出くわした。

 

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長屋が並ぶ。

 

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古い商店が2軒。

 

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「ナショナル蛍光灯」と読める。

 

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フジパン

 

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斜向かいには酒店。

 

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岐阜の地酒3種類が並んだ金網看板。

 

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後付けのこの一角は,煙草屋のそれとも少し異なるようだし,何のための場所だったのだろうか。

 

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とても良い雰囲気だが,光線状態が苦しい。夏の夕方はきっと綺麗だろう…。

 

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プレイボーイ。

 

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逆光が辛い…。

 

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この道は「ながせ通り」。商店街はそのまま「ながせ商店街」と呼ぶようだ。

 

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アーチのすぐ傍らには理容室。

 

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どうやら多治見駅前の主たる商店街はここのようだ。街はまだ暫く東に続いてゆくようなのだが,時間との兼ね合いもあるので,ここで南下を再開。

 

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土岐川を渡ると,広小路通りのアーチが見える。

 

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広小路とは反対側の一角。地名としては昭和町となる。

 

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駅前とは異なる雰囲気が感じられるようになってきた。

 

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街角に佇む建物,こちらの用途は何だったのだろう。

 

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Y字路に建つ建物には,林電機商会の看板が掛かっていた。

 

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錆色の側面。かつては三角形の土地にも建物が建っていたのだろう。

 

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真っ直ぐに伸びる道。

 

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角の酒屋のあたりで,近所にお住まいのおばあさんに挨拶し,少しばかり談笑。もう少し東に遊郭があり,幼い頃は旧妓楼の建物に上がるのが怖かった,というようなお話をされていた。

 

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ほねつぎの道場。

写真を見ての通り,本当に街歩きに向かない光線状態だった。

 

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広小路は後回しにして,その南,御幸町の住宅街を歩いてみることにした。

 

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関東にはない雰囲気。西に来たなあと感じる。

 

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代謝する速度の差もあるが,そういった時代的なものではなく,そもそもの街の造りが異なる。東海は,比較的広い道幅の道に長屋が並ぶ印象がある。戦災との関連もあるのかもしれない。ちなみに多治見は空襲を受けた街である。

 

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たとえばこんな景色一つとっても,見る人が見れば地方性を感じるのだろう。

筆者はそこまで関西の街を歩いたことがないので(とはいえ一般的な関東人に比べればある方かもしれないが),このコンプレックスも早く解消したいところである。

 

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妻入の建物もあった。

 

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この感じが「らしさ」だと思うのだが,道幅の広さは写真の納まりの悪さに直結するので,あまり嬉しく無かったりする。もう少し狭い路地が筆者の好みである。

 

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そんな事を考えていたら,道幅が狭くなり,その向こうに独特のオーラを放つ建物を発見。

 

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こちらは写真館。「有我」という苗字はあまり耳馴染みが無いが,岐阜に多かったのだろうか。建物は敷地いっぱいまで1階を増築しているようだ。

地方都市を歩くと,写真館(およびその跡)の多さに驚かされる。

 

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その向かいは理容室。サインポールは撤去されていたので現役ではないのかもしれないが,住人の方がいらっしゃった。

 

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雰囲気は十分。

 

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「玉突」

 

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なかなか良い雰囲気。しかし如何せん,光が苦しい…。

 

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このあたりの探訪は夕方をお勧めする。本当に,街歩きは夕方に限るなあと,現地でも現像段階でもつくづく思わされた。

さて,先程後回しにした広小路を歩くとしよう。

その2へ続く。

 

 

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