梟の島

梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

長崎電気軌道(3):夜を迎える古参電車たち。

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家路へ。 2020.09.16 長崎駅前電停

 

2020年9月16日(火)は,長崎出張当日。朝は長崎電気軌道を一番列車から撮影。その後は大浦天主堂グラバー園思案橋の街並み,崇福寺と巡る。午後の打合せが想像以上に早く終わったので,夕方から再び電気軌道を撮影している。

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浦上車庫から南下し,原爆資料館電停を目指す。

 

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下の川橋にて。爆心地をゆく列車を見送り,暫し黙祷を捧げた。

 

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300形のトップナンバーの顔が,ファインダー内で徐々に大きくなってくる。軌間が広いのが良く分かる。

 

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振り返ると,長崎西洋館の建物の「トンネル」に吸い込まれていった。

 

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浦上車庫から,合計15分ほど歩いただろうか。三角の屋根が印象的な原爆資料館電停に到着。

 

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先客の同業者と,少しだけ言葉を交わす。503号が来た。

 

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216号が赤迫へ。この後しばらく,ラッピングカーばかりが連続する時間が続き,空が刻々と暮れていった。

 

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10本ほど列車ほどやり過ごしただろうか。遂に,306号が来てくれた…!

 

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宵闇迫る電停。

 

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ゆっくりと加速していった306号と入れ替わるように,ちょうど209号の赤迫行きがやって来た。電球のヘッドライトがやはり素敵である。

 

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古き良き景色。

 

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闇に消えて行った。

これでようやくこの撮影地に満足できたので,原爆資料館電停を後にした。ラッシュアワーに差し掛かっていて,電気軌道が想像以上に混んでいたこともあり,何となしに歩き始めた。

 

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あっという間に空が暮れてゆく。もうシャッタースピードが稼げないので,流し撮りを試してみる。不慣れな事はやはり難しいが,車内の蛍光灯の光がはっきりと映るこの時間帯は好きである。

どこかの電停から乗って帰ろうと思っていたのだが,きっかけを失い,結局30分ほど掛けて長崎駅前まで歩き通してしまった。ようやく到着した時には,すっかり夜の帳が下りていた。

 

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十分な明るさは稼げないので,流し撮りの練習である。209号をこのアングルで仕留めるのは,日中に続いて2度目だった。

 

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家路へ。

 

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乗る者,降りる者,夜まで働く者。

 

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闇を駆ける。

 

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長崎,改めて良い街だと感じる。

 

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304号は初めて出会った。信号を待つ。

 

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動。

 

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三脚無し,意地の手持ち撮影。微ブレは仕方ないが,どうしても長時間露光を試したくなる,美しい曲線だった。

 

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刹那。

 

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更け行く夜は長い。これにて撮影を終え,ホテルに戻り,翌日の朝早い出発に備えて身体を休めた。

 

17日は未明に集合し,「島」へ。所詮は金魚のフンであるが,20代のうちに憧れの地を(合法的に)踏む事が出来たのが実に感慨深かった。残念ながら写真を公開することが出来ないが,あくまで自分用の手記として書き留めておこうと思う。

港に着くと海面は実に穏やかで,船を出してくれた方が珍しがる程だった。離岸から僅か10分ほどで,島の輪郭がはっきりと見えて来た。亡霊のような建物が,虚ろな表情で海上に浮かんでいた。興奮と共に,遂に本物を見てしまったという哀しさのような感情が去来した。

あっさりと桟橋に到着し,上陸。暫くは仕事としての調査。といっても金魚のフンは,とりあえず現況を見て把握する程度である。桟橋付近は瓦礫化が進行していた。高波による被害がかなり大きいようである。書類が散乱していたり,缶のような物が落ちていたりと,施設内に人間活動の痕跡は確かにあるのに,その気配のような物が全くと言っていいほど感じられない。一帯は廃墟というよりも,遺跡のようだった。

調査を終えた後は,観光客が立ち入れないエリアに足を運ぶ。残念ながら「30」は倒壊の危険があるということで,近寄る事が許されなかった。昨年の台風で損傷が進行し,建物中央部の梁が落ち,真っ二つに割れてしまいそうな痛々しい佇まいだった。内部には美しい吹き抜けの空間があることは勿論知っているので,手遅れになってしまった現状を見て,唇を噛むより他に無かった。

「30」の脇の道は通れないということで,この後は案内に続いて,反時計回りに島を見せてもらう事になった。ベルトコンベアの脚はSRC造で,何対かあるうちの一部は近年の暴風によって被害が出ていた。あちこちで手遅れになっている現況を見て,もどかしさしか感じられなかった。

「70」の正面に回り,その圧倒的なファサードと対峙した時は,その威容にただただ圧倒され,言葉を失った。積年の思いが溢れたかのように,涙がこみ上げてくる程だった。こんな物が,美しくない筈が無かった。「69」の3面に囲まれた時にも,やはり身体中に何か熱いものを注がれたかのような感覚に陥った。ファサードに木の手摺が残存しているだけで急に人間生活の気配を感じられるのが,妙に印象的だった。

しかしどちらを眺めても,往時の姿を全くもって想像することが出来ない。あまりにも大規模すぎるのだ。ファインダーを覗いても,肉眼で眺めながら心を開いてみても,何か突き放されるような感覚だった。尤も,時間が無い上に,(極力距離を取って一人になろうと試みてはいたものの)他人と同行しているので,そもそも「対話」に向かない状態であったことは間違いない。しかしそれ以上に,相手が圧倒的すぎた。思いを馳せたり,脳内で情報を補完したりすることが出来ないがために,ここでもまた「遺跡」としての印象が「廃墟」を勝ってしまった。

「銀座」は,自分の知覚を疑いたくなるような街だった。憂いなどは一切なく,ただただ頽廃の二文字のみで空間が構成されていた。建具は自分の予備知識と比較すると荒廃が進んでしまっており,これもまた残念であった。「17」からは内部に入り,頂上を目指す。ここから先は数人で同行せざるを得ず,澄んだ心で視覚情報と向き合う事が出来なかったが,住居空間の痕跡からはほんの少しのリアルを感じ取ることができた。屋上まで上り,神社から周囲の景色を眺める。すべてを知るには,いったい何日かかるのだろう。その知的好奇心や収集癖のような欲求がこみ上げてきたが,それ以上に自分の感性と深く対話しなければならないこと,さらには仕事として相手をする対象に対する時の姿勢についても今一度見直さなければならないことを痛感させられた。いったい自分は,何をどうしたいのだろう。死んだものは,ものであっても生き返らない。さまざまな古いものを横断的に追い掛けてきたが,ここに来て強烈な諦念に襲われたようである。好きな「もの」に対して何かをしたいと思う時点で,自分の感性と欲求は強烈に矛盾してしまうことが殆どなのだ。趣味の分野では,可能な限り今を大切にして,いま見ることの出来る物を追い続けるという一つの解に達しているのだが,専門家の端くれとして,仕事として,いったい何が出来て,何をすべきで,何をすると自分が喜ぶのだろうか。自分の中にはそれでもまだ諦められない夢のような物があり,それに向けたアプローチを考えなければならない。そういった宿命的な宿題を,この大いなる遺跡に突き付けられてしまった,そんな感覚だった。

復路は「段」を下り,後ろ髪を引かれながら桟橋へと戻る。もっともっと全てを見て,感じて,学びたかった。もしも次の機会があるのならば…とも思ったのだが,迎えの船で島を発つ際には,2017年に化女沼レジャーランドの公式見学会に行った時とも同じような,大きな「ピリオド」を感じた。実際の体験を通じて,この島に自分そのものを教えられたようだった。予報に反して雨には一滴たりとも降られず,波も穏やかで,何事も無く本島に帰着した。

車で長崎駅方面に戻り,昼食を挟み,午後は会議。これも予想外に早く終わった。当初は岡山からサンライズで帰京する予定だったのだが,まだ今日中に東京に帰ることが出来る時間だった。一行に別れを告げ,長崎駅へ。

 

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長崎電停で並ぶ305・306号を撮影。これが20代最後の撮影だった。

窓口で指定変更を行い,今日の新幹線で帰京する。16時に長崎を発つ。長い鉄路の旅は,写真の整理と休息に充てた。帰宅はちょうど24時。移動日を含め丸3日の出張は幕を閉じた。

 

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