梟の島 -叙情的叙景詩-

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中野駅北口(8):最後の家路,そして新たなる家路へ。

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家路。 2021.12.23 中野駅北口

 


12月23日(木)。3年住んだ中野を去る日が,とうとう来てしまった。遂にこれが,中野に「帰る」最後の機会である。地元民として街をどのように見てきたのか,どのような記憶が堆積しているのか。そして最後の日に,自分はどんな景色を見たのか。

▼前編はこちらから。

anachro-fukurou.hatenablog.com

駅前の散策を終え,退去の立会いの為に,最後の家路に就いた。

 

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区役所の裏道,慣れ親しんだ道。どちらかというと夜に通る事が多かった道である。

 

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高額な設定のコインパーキング。

 

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中野通り沿いのタワーマンション。この手の建物もずいぶん見慣れてしまい,目新しさが無くなったが,今後の需要と供給はどう推移してゆくのだろうか。

 

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ちょうどレース鳩の「午後練」の時間だった。

地元民なら誰しもが当たり前のように知っている,鹿島商事のビルの屋上の日常。転入してきたときは何事かと驚いたものである。

 

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区役所の新庁舎の建設工事が始まっている。土留めが進んでいた。

 

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この時間の家路は,あまりにも優しすぎる。

 

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鳩が舞う。

屋上で振られている旗の文字が分からなくて,わざわざ望遠レンズで撮影したこともあった。結局確か,鳩用の薬か餌か何かのメーカーか商品の名前(中国語表記)が書かれていたのだった。

 

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もう二度とこの日には,帰れない。

 

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冬にしては鮮やかな夕べ。

 

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体育館が解体され改称された,中野けやき通り停留所。

 

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早稲田通り。

もう住んではいないとはいえ,ここから先はいよいよ住居の特定に繋がりかねないので伏せさせて頂こう。本当は鍵付きの記事でも作れれば,そこに載せて整理しておきたかったのだが…久々にFacebookでも使ってアルバムに纏めても良いかもしれない。

 

この先も道中の写真を撮り続け,最後の家路は案外すんなりと終わっていった。空っぽの部屋に入り窓を開け,空や周りの眺めを撮影していると,予定よりも少し早くインターホンが鳴り,退去立会いの業者がやって来た。主に台所や水回りなどを点検してもらっている間も,刻々と変わる空と,やさしい光に照らされる室内を撮り続けた。それを横目で見ていた業者の人から「カメラマンさんなんですか?」と問われたので,「いえ,趣味です」というお決まりの文句を,いつものように口ごもりながら返した。

16時の鐘が鳴った。スマホで動画を回しながら,「遠き山に日は落ちて」を聴く。無論メロディーはドヴォルザークのそれであるが,考えてみればこの曲は「家路」とも呼ばれることに気が付いた。これもまた僕にとって,もう一つの「最後の家路」に他ならなかった。

 

すべての鍵を返却し,20分ほどで退去の手続きは無事に完了した。業者からは「まだ少し作業するので,支度が終わったら帰って頂いて結構です」と伝えられた。残していたスリッパなどを片付け,リュックに詰める。最後に室内をぐるりと見渡し,靴を履く。「ありがとうございました。」と最後に発した言葉は,業者の担当者に向けたのか,あるいはこの家に向けたものだったのか,自分でもよく分からないものだった。

玄関を出るまでの時間が,スローモーションのように感じられた。扉は聴き慣れた音を立てて,ついに締まってしまった。踊り場に次の一歩目を踏み出した瞬間,ワァという声が溢れそうになり,涙が零れかけた。ひょっとすると無自覚なだけで,実際はどちらも漏れてしまっていたのかもしれない。とうとうこの家は,僕の家ではなくなってしまった。喪失感に満ちた虚ろな足取りで階段を下り,そんな瞬間もシャッターを切り,最後に外観を何枚か撮った。

もう暫くは感傷に浸り,心を落ち着ける必要があった。旧宅周辺の暮れなずむ景色を撮りながら,気が付けば行きつけの八百屋へと向かっていた。

 

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新居の周辺ではまだ買い物ができていなかったので,野菜を買って帰ることにした。

レジで会計する際に,よっぽど「引越すのでこれが最後なんです」という言葉が口から出かかったが,ここでも危うく涙と嗚咽が同時に堰を切りそうになった。呼吸を含めたすべての出力を一度むりやりゼロにして,釣銭を受け取った後,絞り出すように「ありがとうございました」とだけ呟いて,店を後にした。

安くて品物は大きくて,素晴らしい品揃えの店だった。唯一のマイナスポイントを挙げるとするなら,野菜に関する金銭感覚が大きく狂わされてしまったという事くらいであろう。3年間,食卓を支えてくれたことに感謝である。

 

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ここからは,新たな家路の始まりである。旧居発(八百屋経由)新居行。普段は歩かなかったルートも含むが,十分に知った道なので,ここを通って駅に向かうことにした。紺色がすっかり天頂を支配し,冷たい夜が迫っていた。

 

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街灯の明かりが薄緑色に見える,ブルーモーメントの終焉。

 

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住宅街の入口にある,QB HOUSEの小さな店舗。

 

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早稲田通りの交差点。ここの歩行者信号はどういう訳か,一度赤になって数秒後で青になる不自然なループがあった。

 

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ビルに挟まれた一角。

 

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駅へ向かう道。

 

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駅に着いたら全てが終わってしまうような気がして,トボトボと歩いていたので,あっという間に夜の帳が下りたように感じた。カメラを握る手の冷たさが,次第に帰巣本能を刺激しはじめた。

 

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これまではわざわざレンズを向けて来なかった景色たちに,一つ一つ,惜別を告げていった。

 

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関東バスの案内所。

 

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降車専用の停留所。未だに電球なのか,他のバス停はみな青白いのだが,この1本だけが黄色く光るのだ。その姿が美しくて,ずっと好きだった。

 

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夕方よりも人が増えたようだ。ここにはこの街で働く人間,この街に住む人間,そのどちらも居る。自分はもう,そのどちらでもなかった。

 

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最後に駅前の「かさい」で蕎麦を食べて帰ることにした。

 

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たぬきそば。七味を振り,軽く口の中を火傷しながら,太めの麺を啜った。

 

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最後の日,最後の最後ににここで蕎麦を食べたことは,きっと生涯忘れないだろう。

 

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家で待つ人のためにも,れふ亭のおやきを買って帰ることにした。

 

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3つほど買ったものと記憶している。中野と言えばこれという,リーズナブルな名物である。カスタード味が大好きだった。

 

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サンモールの看板を撮る。露出の設定に腐心して,何枚目かで納得のいく一枚を仕留めた。

よし,これでもう,良いだろう。ようやく心の整理がつき,感傷と訣別することができた気がした。口と腹で蕎麦の感触を確かめながら二台の愛機をリュックにしまい,八百屋で買った野菜とおやきを手に,北口改札を通る。いよいよ本当の,新たなる家路の始まりである。

 

振り返ることはできても,戻る事はできない。自分で決めた人生の道を,ただ前へ歩んでゆくしかない。時間軸は無情にも一方向にしか泳げない。若かりし日々の鮮やかな記憶として,いつか懐かしく振り返る日を夢見て,これからも今を大切に生きてゆく。そうすることしかできないのだ。ワァと大声で叫びたくなるような焦燥を必死に押さえつけ,歯を食いしばり,一秒一秒を有意義な記憶,そして記録へと置換してゆこう。気が付けば結局は,非日常についてあれこれ思案する内容と全く同じ事を,日常の転換点からも感じさせられていた。

 

さよなら,中野。さよなら,中野で過ごした全ての時間。そして,さよなら,中野時代の自分。

 

 

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