梟の島 -叙情的叙景詩-

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瀬見温泉(5):喜至楼・3階の角部屋で迎える霧の朝。

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霧の朝。 2021.11.30 瀬見温泉

 


11月30日(火)。前々日は新庄散策ののち肘折温泉・三浦屋旅館に投宿。前日はのんびりとした一日を過ごし,「念願」の温泉宿を2軒ハシゴする形で,瀬見温泉・喜至楼に投宿。6畳間で晩秋の夜長を過ごした。

▼その1はこちらから。

anachro-fukurou.hatenablog.com

夜中はストーブを消したり点けたり,1~2時間おきに目が覚めていたが,中途覚醒はもはや日常茶飯事なので気にもならなかった。換気のために障子(窓ではない)を少し開けただけで,たちまちストーブの室温表示が一桁まで落ちてゆくのが面白かった。温泉の効能のお陰か,寒さは感じなかった。

いよいよ出張当日の朝。6時すぎに目が覚めると,障子がぼんやりと青白く光っていた。

 

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昨晩とはまた違った雰囲気だった。障子というのは実に優秀な装置である。

 

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窓を開けると,鉄板屋根は雨露に濡れ,温泉街は白い霧に包まれていた。

 

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昨夕・昨晩と同じ構図で撮影。

 

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少しだけ道を歩いた。

 

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静かで,冷たい朝だった。

 

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朝霧に包まれている。

 

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本館の意匠は,非日常の演出がとても巧みである。

 

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この姿を一目見ただけで,たちまち日常は忘却の彼方へと追いやられるように思うのだ。

 

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2日連続で,朝風呂に沈んだ。千人風呂の中もまた「霧」に包まれていた。

 

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朝食を頂く。ちなみに食事会場は別館フロントのすぐ隣で,みな同じ方向を向き,黙食。ご飯や味噌汁をよそう際にはビニール手袋の装着が必須で,コロナ対策を徹底している姿勢には好感が持てた。

 

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五感であたたまった。

 

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部屋に戻る。いよいよ出発の時だ。領収書を頂き,8時前にチェックアウト。必ずまた来よう。次は菊乃間を見学(あるいは宿泊)できたりしないだろうか…予約時にでも訊いてみるとしよう。

 

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名残惜しさはあるが,清々しい気分だった。

 

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川霧を眺める。

 

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湿度の高い朝の空気を,鼻から胸いっぱい吸い込んだ。

 

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8時すぎの陸羽東線で,瀬見温泉駅を発つ。車窓から喜至楼の姿を見送った。

 

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さらばだ。

 

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20分ほどで新庄駅に到着。駅も市街地もまた深い霧に覆われていた。

 

出張は無事に終了。予定よりも1本早い新幹線で帰京した。

思い返してみると,2泊3日の行程は実に久々だった(岐阜,酒田はどちらも2泊2日だった)。今月4回目の出張ということも影響していたとは思うのだが,意図的にのんびりとした時間を過ごした筈なのに,最終的には心身ともすっかりくたびれてしまい,気力体力の衰えを感じた。

どこかに無理があるのだとすると,旅のきっかけが出張という外的要因だからだろう。旅先を選び日程を選ぶところから,すべて能動的でなければならないのだ。「自分の内面的事情」によって,どうしても旅に出なければならない,そんな構図こそが作為的でなく自然であり,遠い昔はそれが当たり前のように出来ていたように思う。

今の自分にとって,理想的な旅とは一体何なのだろう。そしていつになったら,それを再び実現することが出来るのだろう。これからも考え続け,足掻き続けよう。そう思っていたのだが,ひょっとすると一旦すべて考えるのを止めた時にこそ,答えがふっと降りてくるのかもしれない。

 

こんなことを考えていられる時間そのものが幸福なのだと,後年振り返って思うのだろうか。未来の自分も今のように「幸福な葛藤」を抱き続けていられているだろうか。

 

 

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