梟の島

梟の島 -叙情的叙景詩-

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羽越・磐西撮影旅行(1):新潟から,キハ40の待つ村上へ。

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惜別乗車の始まり。2020.01.11 村上駅

 

1/10(金) 東武練馬発新潟行。

いつものように仕事を終え,新宿で夕食を調達してくれていたヨメ氏と合流し,コインロッカーから荷物を取り出して東京駅へ。とき345号の自由席,先々月に続いてまたも列の先頭に並び,車両の最後列の三人掛け座席を確保。車内は11月のひかり自由席のような混雑はなく,大宮を過ぎても空席がぽつぽつと残る程度だった。上野から紀伊國屋の弁当にありつく。ビールもするすると飲んでしまったので,車内販売を利用して1本追加する。これが「風味爽快ニシテ」という新潟限定のビールで,その名の通り口当たりが爽快で実に美味だった。

プライベートで上越新幹線に乗るのは,思い返せば2016年夏,仙台での学会の後,米沢観光の後米坂線を乗り潰してから新潟経由で帰京する際に利用して以来である。下り列車に関して言えば,2015年5月,485系T18編成のラストランを見送った時以来となる。そんなにも時間が経っているのかと,ひたすら驚く。ちなみにこの日乗車していたとき345号はE2系,大宮の後は長岡まで停車しないという「速達型」のとき号であった。この表現があることは知らなかったが,車内放送で車掌がそのように言っていたので実際そうなのだろう。群馬県の駅に停車せずに新潟入りするという初体験,東京駅から所要2時間未満で新潟駅に到着したのだった。

今宵は新潟駅の南口のビジネスホテルに宿泊。小雨がちょうど止み,空に満月が見え隠れしていた。5分ほど歩いて宿に到着。ビジネスホテル過密地域とはいえ,あまりの価格破壊っぷりに驚きながら予約をしたが,確かに値段相応といった印象で部屋はかなりこぢんまりとしていた。今日は所詮は前泊,こういった「中継点」があればそれで十分なので,むしろこのような簡素な宿を手配できて満足である。翌朝のパンなどをローソンで購入し(ヨメ氏がくじを引いたら何やらガムが当たった。交換は帰京後にすることにした),明朝の出発にむけて,体力回復に全力を注いだ。

 

1/11(土) 未明に北上,キハ40の待つ村上へ。

4時15分に起床。支度を整えチェックアウトし,温かい飲み物を購入して0456新潟発,村上行きの快速列車3921Mに乗る。ムーンライトえちごからの接続列車としての印象が強い。車両はE129系で,味気も何もあったものではない。そのうえやたらと車内灯が眩しく,極力睡眠に充てたいところを邪魔してくるので,ますます印象が悪い。それでも豊栄から坂町までは何とか眠り,体力を蓄える。坂町を出てカメラの設定などを確認していると,何度か加減速を繰り返して,列車は村上駅の2番線に到着した。

この先は今回の被写体であるキハ40が同じホームの鶴岡方で我々を待っている。撮影のみに注力すると一切乗る事ができなくなってしまい,それではあまりにも悲しいので,惜別乗車となる“乗り鉄”の時間を初日の朝一に持って来てみた。乗り換えの6分間はホームで撮影。

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待っていたのは青の2連,小牛田からの転属車であるキハ48たちであった。

 

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片側は2×2のボックス,もう片側は1×2のボックスで,キハ110のような構成。顔と反対側の貫通扉は大きく穴が空いたような造りになっている。モケットは青くなっているが,ちょっと羽越線っぽくない。まあこれも,転属を重ねた晩年ならではの光景という事だろう。車掌が出発合図の準備をはじめたので,車内に戻る。

 

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ここから1時間40分ほど,じっくりと久々の国鉄気動車を味わおう。

 

その2へ続く。

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