梟の島

梟の島 -叙情的叙景詩-

-叙情的叙景詩-

晩秋の磐越西線(1):徳沢橋梁と,当麻橋梁と,キハ40。

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秋の渓谷を渡る。18.11.10 磐越西線 豊実~徳沢

 


※当時のダイヤの記録が残っていないため,時刻や時系列には若干の誤差があると思われる。

2018年11月10日(土)。週末の1泊2日で,紅葉・黄葉真っ盛りの磐越西線非電化区間の撮影に来た。

当時はまだ実家暮らしの時代。6時台に出発し,中央線で東京駅へ向かう。7時40分台のやまびこで郡山へ。郡山で磐越西線に乗り換え,会津若松へ。11時前に到着し,ニコニコレンタカーでこの日の車を調達する。駅から数百メートルのガソリンスタンドに併設されている,ニコニコレンタカーらしい立地。借りたのは古めのキャロルだった。

磐越西線非電化区間のキハ40は,その運用を徐々にキハ110に侵食されており,2018年時点でも近々淘汰される可能性が出て来ていた。今この記事を執筆している2020年5月から振り返れば,この撮影行の1年4ヶ月後に全車が引退してしまった訳だが,この時点ではそこまで緊急性の高い撮影対象だという認識は無かった。

磐越西線の秋の撮影は4年ぶりになる。2014年11月7日~9日,初日は1人で485系のあいづライナーを徒歩鉄。夜に会津若松でくはね氏と合流し,8日・9日は快速「SL只見線紅葉号」を撮りつつ,磐越西線も撮影。思えばこの時が,初めて本州で自動車を用いて行った鉄道撮影だった。この記録もまた時間を見つけて記事にしようと思う。

今回は4年前に洗い出した撮影地に加え,いくつかの候補を追加して撮影に臨む。土曜の朝に東京を出発したため,また日中時間帯の運用の殆どをキハ110に食われてしまっているので,初日の釣果にはあまり期待できない行程である。

まずは昼の上り232Dを,徳沢橋梁で捉える。通過時刻は1300頃なので,移動には余裕があった。若松から坂下を経由し,49号線をひたすら走り野沢の町へ。野沢の道の駅で何かを食べたのだったか。この昼食については1年半前のことながら完全に失念してしまった。実のところ,この旅行に関しては出発前にモチベーションが上がっておらず,半ば強行したところがあるので,特に食事は計画が全く行き届いていなかったのだろう。

ともかく,232Dの通過前に,余裕をもって徳沢橋梁の南側の撮影地に到着。49号線を外れ,急坂を下る県道384号で阿賀川沿いに移動すると,なんと阿賀川阿賀野川沿いの459号線の福島・新潟県境の区間は,工事中につき通行止め。幸い橋梁を望む場所までは徒歩で入ることができたし,日曜は休工とのことだったので,今日明日の撮影計画に大きな支障は無さそうだ。と,この時点では思ったのだった。

撮影の準備をして,万全の態勢で待つ。程無くして,キハ40・新潟色の2連が,ジョイント音を谷に響かせながら通過していった。

 

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生憎の曇天だったが,緑色の徳沢橋梁の背後で,黄葉はしっかりと染まっていた。


さて,続いては,いきなり転戦。磐越西線では撮影対象が16時頃まで無いので,49号・400号と走り,只見線にワープする計画だ。これは4年前にも使ったルートである。次第に山に入ってゆく400号線での峠越えは,やや年季の入ったキャロルには随分と厳しかったようで,思いのほか時間が掛かってしまった。加速性能が著しく低いようで,車からも「疲れ」のようなものを感じる。そして予定よりも著しく時間をロスし,只見線会津桧原駅付近で「見鉄」する結果となった。旅へのモチベーションの低さは,このような結果に繋がってしまう。今思えば何と勿体ないことか…。

無駄なガソリンと時間を使ってしまった。再び400号を引き返す。今日狙える列車は残り1本,233Dを日出谷鹿瀬の定番撮影地である当麻橋梁の飛び出し構図で仕留める計画だ。しかし先述の通り,459号の県境区間は通行止めなのだ。すなわち,徳沢から豊実を経由して日出谷に向かうことが出来ない。49号で阿賀町役場あたりまで行き,鹿瀬の西側,津川付近から日出谷駅付近の撮影地まで大きく回り込まなければならないのだ。そして車は,走行性能に期待できないキャロル。何とこれまた時間との闘いになってしまった。通過予定時刻は1552頃。どうにかその1分前に撮影地に到着し,車を停める。カメラをセッティングする時間もほぼ無く,ファインダーに目を当てると,既にそこには当麻橋梁に差し掛かるキハ40の姿が。

 

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咄嗟の撮影。

 

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暗さに対してISOの設定値が低すぎた(徳沢橋梁の値のままだった)ため,ブレた写真を連発する羽目に。辛うじて連写の中で生きているものがあったのが不幸中の幸いだった。

晩秋らしい絵を手にすることが出来たのは計画通りだったが,情景に思いを馳せることも出来ぬまま,鈍行列車は晩秋の黄昏を足早に駆け抜けていってしまった。

 

こうして呆気なく初日の撮影が終了。この後,かのせ温泉・赤崎荘にて日帰り入浴。曲面の窓が印象的な温泉は,全くリズムに乗れなかった一日の旅の疲労を取り除いてくれる,良い湯だった。風呂上がりの帰路に就く前,駐車場から阿賀野川の谷合いの立体的な景色を眺める。ちょうど日が暮れ,ディテールが黒く潰れるように闇に溶けてゆく。湯上りの火照った身体に,ひんやりとした夕風が心地よく,同時に晩秋の寂寥感に心身を乗っ取られたような感覚になる。これこそが非日常だ。日常の生活では感じられない季節の機微を肌で感じてこそ,旅行である。その点,温泉はやはり,秋の午後~夕刻に浸かるのが最も良いように思う(川原湯温泉の王湯も思い出される…)。

半日にわたり過酷な労働を強いてしまったキャロルで,ひたすら夜道の49号線を戻り,19時前に返却。若松駅に歩いて戻り,24時間契約の駅レンタカーに乗り換えるw これが最安のプランだったのでこのようなトリッキーな行程としたのだが,後々振り返れば,2日間とも駅レンにしておけば良かった…という「たられば」の後悔も,無いと言えば嘘になる。特に鉄道撮影など,時間の制約のある長距離運転の際は,新しい車を選択する必要がありそうだ。

駅レンでは日産のノートだったか,車種を失念してしまったが,紺色の小型車をが来た。キャロルと比較すると非常に大きく感じるものだ。手続きを終えて早速,忘れ物を取りに行くために,ニコニコレンタカーの営業所に駅レン車で乗り付ける。当然驚かれたw そして駐車場代の節約を兼ね,東横インからも程近い駅レンの車庫に,車を翌朝まで停めさせてもらう許可を得てから駐車。手荷物を宿に置き,夕食は居酒屋「北の酒林」に行った,筈である(既に記憶があやふやだ)。にしんの山椒漬けがとても美味でドハマりし,翌日の帰り際に土産でも購入したのだった。美食美酒に舌鼓を打ち,宿に戻り,翌朝に備えて就眠。

 

その2へ続く。

 

2020年撮影分,関連記事はこちらから。  

 

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