梟の島

-追想の為の記録-

日立セメント太平田鉱山(3):廃止直前の索道を追って。

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(森を抜ける。19.03.09 太平田鉱山)

 

2019年3月某日。まもなく姿を消す日立セメント・太平田鉱山の索道,その最期の勇姿を一目見ようと,はるばるやって来た。ここまで,索道の上流にある貯鉱場,そして石灰石の積込場を紹介してきた。

続いては,積込場から出発したバケット(=搬器とも言う)を追うように,下流に向けて索道沿いをチェックしてゆこう。

日立セメント太平田鉱山の鉱石専用索道は,1937年に建造されたという。2019年3月時点で,産業用の索道としては国内唯一,最後の存在だった。

全長は約4km,分速105mで稼働しているらしい。単純計算でいくと,片道およそ40分弱の道程である。搬器1つに1.25tの鉱石を積載できるという。搬器の間隔が仮に50m程度だったとして,1分間に2.5t,1時間に150tの鉱石を運搬していることになる。10tのダンプカーをひっきりなしに動かすことを比較して考えると,これまで輸送コストの削減に大きく貢献してきたのだろう。

 

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まず積込場を出た索道は,一つ大きな丘を越えるために急坂を登る。こうして見ると搬器は地面すれすれを動いている。籠の直下に轍のようなものがあるのは,夏になってもバケットにぶつかられてしまうので草が生えないから,ということだろうか。

 

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急坂を登り,一気に高度を稼ぎ,一つ目の丘を越えると随分と地面から高いところにバケットが現れる。注意していないと見落としてしまいそうなくらいだ。ケーブルの独特の「ビリビリビリ」という通奏低音が,耳にこびりつく。

 

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上りと下り,一桁番号の離合。

等速運動しているという点では鉄道撮影に似ているのだが,大きく異なるのは,2つの被写体が逆方向から同時にやって来るという事だ。構図を整えるのがとても難しい。

 

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青空を背に,鉄の箱が飛ぶ。

 

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目を凝らすと,積込場へと回送される空のバケット(写真左側)の底に,水抜きの穴が4つ空いているのが見える。

神社の裏手から山中へ消えてゆく獣道を見つけたので,これを登ってゆく。クマの心配は無いのだが,茨城ではイノシシに警戒しなければならない。気を遣いながら登坂すると,斜面の途中で視界が少しばかり開けた。

 

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ほぼ目の高さで捉えてみると,下りのバケットには山盛りになった石灰石が見える。

 

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危険には注意しつつ自己責任で,少し索道に近付いてみる。バケットの後方には貯鉱場のベルトコンベアーと37号線に掛かる落石防止のシェッド、バケットの下方には積込場の「釜」が見える。そして画角の上半分には,鉱山の白亜の斜面。視野は決して広くないが,鉱山の構造を少しだけ俯瞰することができた。

 

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ここで後ろを振り返ると,石灰石を積んだバケットが枝をかすめるようにして森を抜けてゆく。そして「返空」の搬器は木々の間をすり抜けて接近してくる。日陰となるこちら側は案外暗いので,流し撮りにも挑戦してみた(本記事1枚目の写真)。遠くにあるとゆっくりと見えるのだが,目の前を通過する搬器からは思ったよりもスピード感と質量感が感じ取れる。保有している運動エネルギーの大きさは相当なものであろう。

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この先,獣道は索道から離れてゆくようなので,引き返して37号線に戻り,車をピックアップ。下流へと移動しよう。

 

その4へ続く。

 

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