11月3日(水祝)。急遽決まった酒田出張の前日,羽越本線沿線の集落を巡る。早朝は寝屋と鵜泊の集落を歩き,その後は鶴岡で車を調達。沿岸の集落を順に巡り,鼠ヶ関を越えて新潟県に戻る。脇川への「帰省」を果たし,夕刻の今川駅前を歩いた。
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いよいよ太陽は水平線の近くの雲に隠れ,日没が近付いてきた。板貝,笹川を最終目的地として設定した。
ものの数分で板貝に到着。まず迎えるはお馴染み,さいの神のモニュメントである。1月15日,板貝では小正月の行事として「さいの神」を行い,共有林から切り出した松の根からご神体を掘り出す。行事の発生時期は不明だという。このモニュメントは羽越本線の車窓からも良く見える。
板貝の集落へ。
懐かしい道を歩くと,カーブの向こうから小さな動物が現れた。猫かと思い目を凝らすとトイプードルだったw 数秒後に飼い主が後をついてきた。
三太郎の看板は妙に印象に残っているのだが,現役ではないのだろうか。美味そうな夕餉の匂いが漂っていた。
細い路地。
板貝には漁港は無く,集落の形状は脇川や今川とも異なっている。
振り返る。何度来ても,何度見ても,美しい路地だ。
左へ曲がり,線路をくぐる。
線路の東側にも街は続く。
この手前側には,セメント瓦の大きな廃屋があったことを記憶していたのだが,解体されて更地になっていた。
海側に戻ろう。
曲がり角。
自分が何処に居るのか分からなくなる。
地元のおじさんとすれ違い,挨拶をした。
角を曲がり,海岸へと抜けた。
国道から「三太郎」の路地を覗く。
板貝全景。
穏やかな夕暮れ時だが,波は決して穏やかではない。
太陽との別れ。
ほぼ撮影の限界とは分かっているが,再び車に乗り,一つ南の笹川の集落まで移動した。
笹川海水浴場の夕刻。
集落へ。
「何か」に出会ってしまいそうな雰囲気。
街灯は無く,ディテールは闇に溶けてゆく。
線路の東側まで歩いた。
場所の記憶が曖昧である。
再び線路を潜り,集落を後にした。
最後は何処で海を見ようか迷ったが,桑川海水浴場に白羽の矢を立てた。
弁天島の先まで行くことにした。
16時40分。ちょうど日没時刻を過ぎた頃だろうか。
鳥居の向こうへ。
北を見る。
巨岩の向こうには釣り人が2人。程なくして退散してゆき,海岸には自分一人になった。
島の頂へとよじ上った。
蒼く沈む海水浴場を見下ろす。
とっくに撮影を終えて帰るべき時間である。それでもこの時間こそが,自分にとって最も重要な,日本海という師匠との対話の時間である。
淡島の影が海に溶けてゆく。
金属光沢を放つ海面。
一日の集落巡りを終え,ようやく本当の意味で心を解き放つことができた。
桑川の灯りが見える。心も身体も冷えてゆく。
今日が終わってゆくことが悲しかった。日常が猛スピードで進んでゆくことが恐ろしくなった。
入江には波濤が襲い掛かる。轟く波音はけたたましく,大声で叫んだところでその声は誰にも届かずに掻き消されてしまうだろう。複雑に蠢く黒い水面に飲み込まれてしまいそうな,或いは飲み込まれてしまいたいような,そんな衝動が身体の中を走り抜けるのを感じた。
帰ろう。
先日,スペースで会話している際だったか,同じ場所を定期的に繰り返し訪れるかどうかという話題になった。その時に初めて,自分にはそのような場所が殆ど存在していないことに気付かされた。通うという行為のモチベーションが,自分の中には殆どないのかもしれない。一回目の記憶が美しければ美しいほど,再訪の必要を感じないのである。(小向マーケットは過去3回訪れたが,ここは自分の現在の趣味の原点の場所であり,特異的な存在だ。)
しかし改めて考えてみれば,自分は何度も繰り返し,この地方を訪れてきたではないか。そしてこれからも,何度でも通いたいと思っている。言うまでも無く,この下越の日本海沿岸の集落たちは,自分にとって特別な価値を有する場所だった。これまでは鉄道撮影を目的として訪れることが多く,今回は集落を巡るという目的で訪れた。しかしあくまでこれは此処を訪れるための大義名分であり,自分の心を満たしていたのは,この場所そのものだったのだと思う。きっとこれからも心の中で,常に此処を,日本海を欲し続けるのだと思う。今回は桑川以南を巡れなかったので,次に訪れる「名目」としては,村上から順に集落を巡り,鼠ヶ関まで北上してゆくのが良さそうだ。笹川の宿か,勝木の宿に泊まりたい。そうすれば未明・早朝の日本海の表情を拝むことができるのだ。そう,寝台特急あけぼのの車内から眺めたような,青白く薄暗く物悲しい朝である。何なら雨が降っていたって構わない。或いは温海温泉の木造旅館にも泊まりたい。春夏秋冬,どの季節も味わいたい。妄想は限りなく膨らんでゆくばかりである…。
これだけ執着できる場所が一つでもあるのは,本当に幸せな事なのだろう。どんなに憂鬱で,何をする気も起きない時であっても,日本海だけは常に見たいと思えるのだから。欲求の火が潰えることは無いと保証する,命綱のようなものなのだ。
東北は勿論,北陸,山陰,四国,九州,北海道…日本はまだまだ広い。これだけ自分を虜にする場所に,この先の人生で出会えることを願うばかりである。そんな希望を持ちつつ,一つ一つ,旅を続けようと思う。
トイレに寄ってから車に戻り,エンジンを掛けて暖房のスイッチを回した。海岸では暗順応をしていたようで,辺りを見渡すと黄昏ではなく完全に夜になっていた。ヘッドライトを灯し,いざ出発。この後は酒田まで,80kmのドライブである。
その11へ続く。
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