梟の島

梟の島 -叙情的叙景詩-

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松本建築散歩(3):擬洋風建築代表,旧開智学校を訪ねて。

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今や国宝建築。 2018.01.06 旧開智学校

 

2018年1月6日,年始早々に長野旅行へ。東京から鈍行に揺られること4時間。まずは松本城方面に散策しながら,大手1~3丁目の街に残る建築群を見て回った。

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その後は松本城を経由してから,旧開智学校へ向かった。

 

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旧開智学校。探訪当時は国指定重文だが,2019年に国宝に格上げされた。明治期に建てられた擬洋風建築の代表として,これを掲載しない教科書は存在しないほど,有名であり,価値の高い建造物である。

 

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立石清重設計の旧開智学校は,居留地に建てられた洋風建築を参考にしながら,和洋折衷でデザインされた。西洋的な構法と平面構成に,唐破風や車寄せのような日本建築の要素を併せ持つ,独特の佇まいである。

 

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近代建築で必ずやるべきこと。まずは階段(室)をじっくりと眺めることである。堅牢で,やや無骨な印象をおぼえる。同じ明治でも,初期と後期では雰囲気がだいぶ異なるように感じる。

 

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教育に関する資料の展示が充実していた。オビ,ヲノ。サヲ,カホ。

 

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褪色してしまっているが,色圖。こうして色の名前と実際の色とが対応するよう,文部省により統一されていったということだろう。

 

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近代建築で必ずやるべきこと。照明の完全な真下に入り,見上げてその幾何学模様を楽しむ事である。光芒が柔らかく周囲に漏れ,天井を照らす。Tシャツの柄にでもしてみたい。美しい。

 

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外観との統一感のある扉のデザイン。

 

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明治の近代建築の潮流,大変よく纏まっている印象である。居留地建築を学び,西洋の建築が民間に広まってゆく過程で生まれた,「擬洋風建築」。その中でも漆喰壁を用いたタイプの建築では,この開智学校が極めて先駆的な例である。個性豊かな擬洋風建築はその後ほどなくして終焉を迎え,より正確に様式を踏まえた西洋建築や,統一的な標準設計による建築物に纏まってゆく。

 

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反対側の階段室でも,手摺をじろじろと見て接写する。今となっては当たり前に馴染みのあるデザインであるが,明治一桁台にはまだ新しく感じられたのだろう。

 

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2階へと上ろう。

 

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レリーフは大きく,板目はおそろしく派手。とても強く主張してくる扉である。

 

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2階には大空間。やや中央からずれた車寄せの窓に付くステンドグラスが,外の光を取り込んでいる。シャンデリアは繊細で,あまり華美ではない。

 

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此処でも証明の真下に入って見上げてみる。バランスが美しい…。

 

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吹き抜けではないが,手摺によって廊下と室内が区切られているこの空間は,好みであった。

 

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さて。どの程度の人に,その価値を正しく評価してもらい,魅力を感じてもらうことが出来るのか。近代建築はその魅力を理解するのがとても難しい。

その建物がどの程度先駆的であるのか,時代の「主流」に対してどのように位置づけられるのか,どの程度稀有なのか。恐らく,一般的な,現代的な感覚から逆算してゆくと,近代建築というものはさほど古くまで遡ることはないような,珍しくないような,どこにでもありそうな印象を受ける,そんな人が多いのではないだろうか。

 

ここで是非,考えてもらいたい。擬洋風建築に限らず,一般的に近代建築と呼ばれる木造建築は,ざっくり言えば明治初期から昭和初期までの半世紀程度しか建てられていない。その数は,規模の大きなものや公的なものに限ると決して多くなく,現存するものは少数である。激動の時代の潮流の中で生まれた建築達は,大変稀有な存在なのだ。

そして一口でくくった近代建築も,急速な文明の発展,西洋化に伴い,刻々とその様式を変えてゆく。特に明治時代などは,10年経てば思想自体が根本的に異なっており,同様の用途でも全く別の姿で建造されるのだ。その類型の中に個性を見出すのは極めて簡単であり,全て個別性が強い。それは建築家の個性でもあるが,時代の急流が生み出した,刻々と変化する流行,日本の近代化を進めるにあたっての思考・模索が具現化したことによるものなのだ。

そして何といっても,社寺仏閣のような伝統的な木造建築よりも,より大衆的で,デザイン性が高く,自由度が高い。文脈を踏まえずとも,「もの」として記号的に捉えるだけでも十分に楽しく,面白い建物なのだ。

  

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気軽に空間を楽しみ,ディテールにまで目を配りながら,そしてその稀有さにも思いを馳せつつ,決して西洋風の物としてではなく,(社寺を見る時と同じように)日本独自の,国土に根付いたものとして,親しんで,楽しんで頂きたいものである。

そして,複数の近代建築を比較しながら,自分の好みのものを見つけるのも間違いなく面白いので,是非とも色々なものを見比べていただきたい。

 

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ちょうど比較対象があった。旧開智学校の向かいに建つ,旧司祭館。開智学校から10年少々下った1889年の竣工で,アメリカのスタイルが強く押し出されている(「擬洋風」の時代が終焉を迎えた後の建築である)。ちょうど私が生まれた頃の工事でこの地に移築され,今日に至るまで大切に保存されてきた。水色の下見板張りの壁がポップで印象的である。無料で見学できるので,是非こちらも併せて,同じ「近代建築」という枠で大きく括りつつ,旧開智学校とあれこれ比べながら楽しんでもらいたい。

 

そして次の記事ではもう一つ,同じ松本市の超有名近代建築を紹介しよう。

旧制松本高等学校へつづく。

 

 

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